第160話 魔龍が空を焼き落とす

 現場に駆けつけたゲイルスコグル――サテリナが見たのは、信じられない光景だった。

 オーランドの町が燃えている。キリスト教における世界終焉の光景に等しい様子に、サテリナと一緒に来ていたワルキューレたちも顔を青ざめさせていた。


「なんなのこれ……」

「一体、何が……」

「……あいつの仕業でしょうね」


 サテリナがアサルトを強く握りしめた。

 輸送機の前方を飛行する巨大なドラグーンタイプのホロゥ。

 日本から報告されたファーヴニルよりもなお巨大な体躯と漆黒の金属の体。二足歩行が可能だと思わせる体のつくりから、格闘戦も警戒しなくてはならない。

 サテリナがこれまでに遭遇したどのホロゥよりも圧倒的な威圧感と殺意を放つ恐怖そのものが具現化したような存在だった。


「パンドゥーラと同格……いや、それ以上か……」


 東京で見たパンドゥーラを思い出す。

 目の前にいるドラグーンはパンドゥーラよりもなお強いと肌で感じた。寒気と鳥肌が止まらない。

 ホロゥと視線がかち合った気がした。互いに相手のことを敵だと認識する。

 ホロゥの口が青白く輝きを放ち始めた。

 ブレス攻撃の前兆だと感じ取ったサテリナがすぐさま輸送機から飛び降り、他のワルキューレやパイロットたちも続く。

 ホロゥの口からレーザー光線のような青白い灼熱が放たれた。

 一瞬で空気を灼いた光線は輸送機と護衛の戦闘機部隊を全滅させ、爆炎すらもかき消して空を青白く染め上げた。

 わずかに脱出が遅れたパイロットや数名のワルキューレが大火傷を負って真っ逆さまに落ちていく。直撃でもなく、わずかに近くを通っただけで致死レベルの熱量を有しているブレス攻撃だ。

 百メートル以上離れているにも関わらず肌を焼くような熱気を感じたサテリナが歯噛みする。


「まずは口を封じないと危険ね。あのブレスを乱射されたら手の打ちようがない」

「太平洋に展開中の艦隊より、トマホークが発射されたと報告が」

「よし。でも、果たしてどれだけの効果があるのやら」


 パンドゥーラは非常に強力な防御能力を兼ね備えていた。

 あれと同格以上であるならば、このホロゥも相当な防御力を有していると考えるのが当然だ。

 その予想通り、サテリナたちが着地した時に空の彼方からトマホークミサイルが近付いてくる。

 全弾ホロゥの頭部に命中したが、煙から現れたホロゥに目立った外傷はない。見る限りでは無傷だ。

 ホロゥが体を震わせる。

 頭上に青白い天使の輪のような光輪が出現し、素早い動きで回転を始めた。時折点のような輝きが見え隠れする。

 背筋が凍り付くような感覚に襲われたサテリナが周囲のワルキューレたちに退避を命じた。

 それと同時に光輪が眩い閃光を放ち、焼け野原となったオーランドの町にあの青白い灼熱の光線が降り注ぐ。


「きゃあああぁぁぁぁぁぁ!!」

「ああああああぁぁぁぁぁぁ! 熱い! 熱い!!」


 至近距離に受けたワルキューレは即死。

 即死できずに火傷を全身に負ったワルキューレは激痛に身をよじって苦しんでいた。死ぬまでのわずかな時間、皮膚が焼ける痛みに苦しめられることだろう。

 全力でシールドを展開していたにも関わらず、サテリナも顔の左半分を火傷で負傷していた。左目も焼けたか溶けたか、視力が失われている。

 さらに、体にも火傷を負って動かす度に激痛が走った。


「ゲイルスコグル!」

「口以外からもあんな攻撃が……くっ……」


 戦いにすらならなかった。

 ホロゥは上空を旋回しながら灼熱を撒き散らすだけですべての存在を焼却できる。接近するなど自殺行為だ。

 遠距離からの攻撃でも半端なものでは通用しない。

 かつてない力を持つホロゥが相手では、一人でも多くを逃がす動きを考えなくてはならなかった。


「生き残っている者はいますぐ撤退! 生き残れば勝ちよ!」

「っ! 逃げましょう!」

「手段を選ばず急いで逃げろ!」


 全員が散り散りになって逃走を始めた。

 今はどこかの基地にたどり着くことができればそれだけで快挙だ。次の機会にかけるしかない。

 だが、ホロゥは逃走を許さなかった。

 大きく吠えると、町の至る所で炎の竜巻が発生する。

 竜巻は逃げているワルキューレを捉えて体を焼きながら上空へと巻き上げ、そこから放り捨てるように解放する。

 地上に戻ってくる頃には表面が溶けかけた白骨死体だ。誰が死んだのかすらも判別ができない。

 逃げることもできず、ワルキューレたちが諦めてその場に泣き崩れた。神に祈りながら、携行していた拳銃で自殺する者も多い。

 仲間たちの死に様を見れば、拳銃自殺がどれほど幸福な死に方かがよく理解できるだろう。

 一方的な蹂躙に、ネームドワルキューレでありながら何もできないでいるサテリナが瓦礫を叩きつけた。


「どうすればよかったというの……!?」

「ゲイルスコグル……後ろ……」


 仲間の警告に、サテリナは慌てて振り返った。

 が、同時に体を掴まれて上空へと連れ去られてしまう。いきなりのことでアサルトも手放してしまい、地上へと落ちていくのを眺めるしかできなかった。

 近くで見て分かったが、このホロゥの手は指が細かな手のような形状になっていた。

 だからこそこの大きさでサテリナを握ることができるのだと理解する。

 ホロゥは空でサテリナを解放した。

 自由落下で殺すつもりなのかと思うが、ホロゥは旋回してサテリナを捕食するために高速で接近してくる。


「はは……私、美味しくないと思うけどなぁ……」


 涙が頬を伝い、体を強い衝撃が襲う。

 サテリナを食べたホロゥは、味わうように口の中で転がした後、奥歯で噛み砕いてすり潰してしまった。

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