第159話 天の遣いは滅びを告げて

 エジプト軍が会敵したのは、ホロゥかどうかすらも分からない正体不明の存在だった。

 金属質ではあるのだが、半透明で不気味な七色の輝きを身に纏う異質な姿。翼の生えた人型に近い形態は、聖書に描かれる天使のようだった。

 しかし、天使からはあまりにかけ離れた悪辣な戦闘能力を有しており、既に多くの犠牲が出てしまっている。

 さらに、このホロゥが有する特殊能力がエジプト軍を壊滅寸前まで追い詰めていた。

 ホロゥの背後に備わる巨大な禍々しい黒い扉。その扉はずっと開かれた状態で、紫の光が地上へと照射されている。

 その光が一定時間照らされた場所には渦が出現し、その渦からは無数のホロゥが現れるのだ。

 際限なく増えていくホロゥの前にはどれだけの戦力が揃っていようが無力で、数の暴力に押されて味方の数は次々と減っていく。

 南ヨーロッパやアフリカからもワルキューレの増援は到着して戦闘に参加しているのだが、それを上回る勢いでホロゥが増えていくものだから対処のしようがなかった。


「次から次へと……!」

「やはりあの親玉を倒さなくては話にならない!」

「分かってる! けど……」


 現場の総隊長を任されたワルキューレが悔しさを滲ませる顔で超大型の人型ホロゥを睨んだ。

 痺れを切らしたギリシャのワルキューレ一個小隊が超大型ホロゥへと攻撃を仕掛けた。

 だが、ホロゥはワルキューレたちが一定距離以内に接近すると、不気味な声のような音を発しながら形態変化を引き起こす。

 人型からライフル銃のような形態に変化し、銃口と思しき場所から熱光線が放たれた。

 空気を灼きながら飛んだ光線は先頭のワルキューレを穿ち、胸部を融解させながら穴を空ける。肋骨の内側――肺や心臓を溶かされたワルキューレは即死だ。

 光線を回避した三人が散らばってなおも接近していく。

 ホロゥはさらに変形し、まるでSF映画に登場する宇宙船の大規模破壊兵器のような形態へと変貌した。

 剣のような突起が回転し、真紅の球体が禍々しく輝いて光が世界を赤く染め上げる。

 轟音が轟き、極大の光線が放たれて町諸共ワルキューレたちを跡形もなく消し炭にしようと破壊してきた。

 巻き込まれた二人が呆気なく消滅し、光線の直撃を受けた地面は溶岩と化している。

 最後に生き残った一人がアサルトを構えてホロゥへと叫びながら突撃していくが、ホロゥはまたしても形態変化を引き起こした。

 人型に戻り、片手を剣、もう片方を槍の形状に変えて接近していたワルキューレを文字通りの八つ裂きにする。

 執拗なまでの攻撃で原型が残らないほどの肉片にされて殺されたワルキューレを確認したホロゥは再び扉を守護する天使のような形態へと姿を戻した。


「あの通り、あいつは一定距離内に近付くと距離に応じた形態で迎撃してくる。私たちでは近付いた瞬間に何もできずに殺されるわ……!」

「そんな……」


 こちらからは手出しができず、かといって放置すれば無数のホロゥを呼び出されて蹂躙される。

 理不尽の塊のような存在に、有効的な対処法の発見が求められた。

 その上、現場で戦っているワルキューレたちの間に嫌な予感が漂い始める。


「これだけのホロゥを呼びだしたのなら、相当エネルギーを消耗しているはず」

「活動限界になる気がしないね……」

「パンドゥーラと同じく活動限界が存在しない個体だったら最悪ですわよ……」


 もし活動限界が存在しない場合、人類に残された手段は核ミサイルのみとなる。それすらも迎撃されるようならばもう打つ手はない。

 ネームドワルキューレならあるいは、と、考えるがないものをねだっても仕方ない。

 今ある戦力でどうするかを考えるのがやるべきことだ。


「NATOのミサイル攻撃!」

「地中海に展開中の艦隊から援護射撃が来ます!」

「さぁ……どうなる……」


 固唾を呑んでミサイル攻撃の結果が出ることを祈る。

 しかし、現実は非情だ。

 ホロゥが形態を変化させ、盾のような姿に変わった。

 飛来したミサイルを全て受けきる。表面には焦げ痕一つ残っていなかった。

 そして今度は深紅の球体を中心に無数の突起が回転する不可思議な形態へと変化し、球体から赤い光の塊が遠くの空へと飛んでいった。


「艦隊からのミサイル攻撃でもダメか……!」

「報告! 地中海の艦隊は全滅!」


 ホロゥが再び天使の姿に戻り、扉からの光を増やした。

 ホロゥ出現の渦はさらに増え、タイタンやバルムンクといった強力なホロゥまでもが姿を見せ始める。

 こうなればもう手遅れだ。禁忌指定タイラント種が数体出現しては、現行の戦力では餌にしかならなかった。

 雷撃と爆発が連続し、肩を並べて戦っていた戦友たちが次々とホロゥたちに喰われていく。

 通信機からは悲鳴と断末魔ばかりが聞こえ、頭がおかしくなりそうだった。


「せめて一撃……ッ!」


 もうこの場所での勝利はあり得ない。

 ならば、せめて一矢報いようと隊長のワルキューレが超大型ホロゥへと攻撃を仕掛けた。

 接近を感知したホロゥはその形態を五芒星と逆五芒星がいくつも折り重なったような気味の悪いものへと変えた。

 中心で輝く深紅の球体が禍々しく輝き、一気に周囲の建物を溶かして光線を放つ。


「……せめて……いち……げ…………」


 光線の直撃を受けたワルキューレが蒸発する。

 戦闘状態にあったワルキューレたちを全滅させたホロゥは、動きを止めるとわずかに上空へと浮かび上がった。

 そして、体を点滅させると姿を消してしまう。

 超大型ホロゥの脅威は去ったが、ワルキューレたちが全滅した状態では無数のホロゥに対抗できる手段は残されていない。

 この日、人類はエルサレムからカイロにかけての広大な範囲を放棄せざるを得なくなるという尋常ではない被害を負うことになってしまうのだった。

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