第158話 大蛇が海を飲み干した

 ペルーの首都リマでは、ペルー軍が完全に混乱状態になっていた。

 突如として海から現れた巨大な金属。それがホロゥかどこかの国の兵器かも分からない。諸々の特徴から恐らくは超大型の新型ホロゥなのだと分かるくらいだ。

 サファイアのように美しい青色の光沢を放ちながら、表面には無数の砲台のようなものが搭載されている。

 その砲台から放たれる水圧砲とでも言うべき水の攻撃は絶大な威力で、戦車や建物を穿ち破壊していた。水が持つ力の脅威を改めて認識するような攻撃だった。

 その上、砲台を破壊しようと戦車による攻撃を行うが、効果は見られない。対ホロゥ用に作られた特殊徹甲弾を用いても傷一つ与えることができなかった。

 それは海軍も同じで、沖合から艦隊による対ホロゥ特殊加工弾を艦砲射撃で一斉に撃ち込んでも効果は見られない。

 あまりに常識から外れた存在に、兵士たちが次の指示を求めて上官へと群がっていく。

 兵士たちはここまでだと判断したワルキューレたちが近接戦に移行するも、結果は何も変わらなかった。


「くっ! まるで手応えがない!」

「奇妙な感覚……まるで攻撃が押し返されるみたい……!」

「まさかシールドを展開してる?」


 攻撃が通じないカラクリを考えながら、手も足も止めずにできることを探し続ける。

 必死に弱点を探るのだが、そんなものはないとでも言わんばかりにホロゥの装甲は強固だった。

 諦めずに攻撃を継続するが、その時、聞きたくない報告が通信機に飛び込んでくる。


『メキシコ海軍の被害甚大! 損耗率94パーセント!』

『メキシコ沖で我々が交戦中のホロゥの頭部らしきものを確認したと情報が!』

「そんな馬鹿な! 超大型どころの騒ぎじゃないですよ! どれだけ距離が離れていると思っているんですか!」

『NASAより連絡! 衛星画像からの当該ホロゥの全長、推定約五千キロメートル!』

「はぁ!? そんな大きさあり得るのか!?」


 常識などという言葉を一瞬にして無意味に変えるほどの化け物。

 それだけの巨体と質量が本当だとしたら、今こうしてペルー沖で戦っている本体の一部を攻撃したところで大した意味はないと想像できてしまう。蟻が巨木を倒せないように、人の力ではこの超大型ホロゥ、否、最早そのようなカテゴリーにすら当てはまらない想像を絶する怪物は撃破できない。

 かつてない危機的状況に、エクアドルとチリからも援軍の海軍が加わり砲撃を繰り返した。ハワイからアメリカ軍による増援部隊も出撃している。

 しかし、ワルキューレの数が圧倒的に足りない。南米のワルキューレは世界的に見ても少なかったことが災いするが、それでも現状を打開できていたかは疑問が残るほどだ。

 戦闘が長引く程に聞きたくない凶報も続く。


『ホロゥが移動しています! ハワイ州が射程内に!』

『増援のアメリカ艦隊が全滅したとのこと!』

「司令部! もう保たない! 敗走の指示を!」

『……っ! まだ海岸沿いの国は国民を国外へ逃がせていない……まだ退けない……』


 司令部からの涙が混じる通信に現場のワルキューレたちが互いに顔を見合わせた。

 国を捨て、どこか遠くの地に国民全員が逃走する作戦が実施中。それが意味するところは、太平洋に面した南米のすべての地域を放棄するということ。

 かつてないこの超大型ホロゥの活動範囲は分からず、今後この決断が世界にどのような影響を与えることになるかは計り知れない。

 しかし、今はそのような無駄なことを考えずに一秒でも長くホロゥの攻撃を大陸へと向かせないようにすることが優先された。

 近くにいたワルキューレが水圧砲で体が粉砕される様を見ながら、現場の全権指揮を任せられたワルキューレがアサルトを振り上げる。


「臆するな! 戦え! 一人でも多くを逃がすためにここで死ぬぞ!」


 ホロゥの体で爆発が起きた。

 何事かと確認すると、すべての武装を使い果たした戦艦が体当たりによる自爆攻撃を仕掛けている瞬間が見える。武装を使い果たした船から次々に突撃を仕掛けていた。

 海軍の仲間たちも命を捨てて国民を守ろうとしている。

 ワルキューレ全員が奮起して、そしてその時はもう手遅れだった。

 ホロゥが体を一気に跳ね上げさせた。水面から巨大な胴体が浮かび上がる。

 ホロゥは体を海へと叩きつけ、巨大な津波を発生させた。

 荒れ狂う大津波がその場にいる何もかもを呑み込み、打ち砕き、大陸にも上陸して人の営みのあらゆる証拠を破壊して押し流していく。

 隊長のワルキューレも波に呑まれて海中へと引きずり込まれた。

 浮上しようともがき、ソレが近付いてくるのを見つける。

 数キロはあろうかという巨大な顔のようなもの。体表と同じく青く美しい色合いをしているのだが、感じた印象は恐怖だけだった。

 その顔が口を開いて接近しており――、


「人類は……ここまで無力なのか……」


 口が閉じられる前に、誰かの通信機からそのような声が聞こえた気がした。

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