第157話 巨獣は大陸を踏み砕き

 上海に設置されたヘイムダルの角笛が鳴り始めてから一時間。

 途切れることなく現れ続けるホロゥたちに、凜風の顔にも疲労の色が見える。

 同胞たちの亡骸を越えてホロゥの突進は止まらない。何体ものタイラント種ホロゥを前にアサルトを振るい続けるが、先の見えない戦いとはまさにこのことだった。


没有尽头キリがない……」

「気持ちは分かる。けど、だからこそ凜風が弱気を見せれば全体の士気に影響する!」


 凜風のサポートを行う美麗が同じく襲ってきたホロゥを粉砕しながらそう言った。

 この場にいる中国軍のワルキューレたちは実力者揃いだが、それでも彼女たちが全力を発揮できるのは凜風の存在が大きい。凜風が挫けるようなことがあればその瞬間に瓦解する危険性もあるのだ。

 背中合わせに周辺ホロゥの殲滅を続ける。

 凜風の戦闘でホロゥたちは今ひとつ決定的な攻撃ができずにいた。遠距離から攻撃が可能なタイプシュリンプも出てくるが、それは遊撃のワルキューレと中国空軍の新型ミサイルで撃破ができている。

 遠方の空から増援部隊を乗せた輸送ヘリが近付いてくるのが見える。それと同時に司令部から凜風たちに一時後退と休息を命じる通信が入ってきた。


万岁やった! 终于退后了一步ようやくの後退ね

「そうね。あとほんの少しだけ削っておきましょうか!」

好的,交给我オッケー任せて


 あと一踏ん張りだとアサルトを持つ手に力を入れ直す。その時だった。

 巨大な轟音が響き渡り、大地が激しく揺れる。

 ワルキューレもホロゥも、その場にいる全ての存在が立っていられずに尻餅をついた。脆くなっていた建物が次々崩れていく。

 ビルの崩壊に巻き込まれたホロゥたちが潰れて砕け、数名のワルキューレも巻き込まれて血飛沫へと変わっていった。

 頭を守りながら何が起きたのかを素早く確認しようと凜風と美麗が周囲を見渡す。


发生了什么事何が起きたの!?」

「ッ! 凜風! あれ!」


 美麗が異変の原因らしきものを見つけていた。

 いつの間にか現れていた巨大な山のようなナニカ。金色の光沢が美しくも恐ろしく、ゆっくりと動いていた。青白い稲妻が表面を走り回っている。

 土煙の中から現れたのは巨大な赤い金属だ。それが目で、その正体がホロゥだと理解するのに凜風たちには時間が必要だった。

 ホロゥの口が開き、咆哮が轟いた。

 地獄の底から響いてくる雷鳴のような不気味な声に、凜風と美麗以外のすべてのワルキューレたちが怯えてアサルトを落としてしまった。兵士の中には気絶する者まで現れる。

 そのホロゥの顔についている二つの角が激しく放電を繰り返した。中心で球体が形成されていく。


「何をするつもり!?」


 慌てたような美麗の声が発せられた瞬間、球体から青白い一筋の光線が発射された。

 光線は空を真横に斬り裂き、そして増援を乗せていた十機以上のヘリ部隊を一撃で全滅させた。

 信じられないものを見る目で十個の爆炎が残る空を見上げた美麗が顔を引きつらせる。


「そんな……嘘でしょ……」

要坚定しっかり!」


 凜風が体を揺さぶるが、恐怖で戦う力が失われていた。

 ホロゥが顔を上海の町へと向けた。

 再び角の間で球体が形成され、放たれた青白い光線が上海の町を斬り裂いていく。

 光線が通過した場所は例外なく爆発し、人もホロゥも関係なく跡形も残らずに消滅していった。悲鳴も断末魔も残すことを許されない。

 完全にパニック状態へと陥り、指揮系統も何もあったものではなくなった。誰も彼もが死に者狂いで逃走を試みる。

 だが、ホロゥが脚を振り上げ、勢いよくスタンプをするだけで震度7相当の地震に等しい揺れが拡散され、立つことも出来なかった。

 歴戦のエースたちがまるでゴミのように一方的に蹂躙されていく悪夢のような光景に、凜風も美麗も涙を流しながら震えるしかもうできなかった。


「助けて……誰か助けて……死にたくない……」

死在这里ここで死ぬの……?」


 再びホロゥから光線が放たれた。

 咄嗟に凜風が動けたのは、彼女がネームドワルキューレだからか、それとも幼馴染の美麗を助けたい一心だからか。

 どちらにせよ、光線の直撃コースに座り込んでいた美麗を守るために飛びだした凜風。

 美麗を突き飛ばし、迫り来る光線を見て口元が緩み笑顔を見せる。

 泣きながら手を伸ばしてくる美麗へと微笑みかけた。


「ありがとう――」


 その言葉が呟かれた直後、凜風は光線に呑み込まれて消滅した。

 彼女のアサルトとそれを握っていた右手だけが目の前に取り残され、幼馴染と希望を失った美麗が絶望してその場に座り込んだ。

 もう一歩も動くことはできず、迫る死を待つだけの存在。

 そして、その時はすぐにやって来た。

 ホロゥの目が真っ直ぐ美麗を見つめ、角の間で球体が形成されて――、


「あはは……これが死ぬってことかぁ……」


 壊れたように泣きながら、美麗は光線に呑まれて消滅した。

 上海を守っていた中国軍を全滅させ、百人近いワルキューレを無傷で皆殺しにしたホロゥが再び吠える。

 事態を重く受け止めた中国政府は、自国内にも関わらずにホロゥへと数十発の核ミサイルを使用して――、


 爆発が収まり、衛星が捉えたのは、完全に消え去ってしまった上海の町とグラウンドゼロで咆哮する金色の巨大なホロゥの姿だった。

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