第156話 ワールドエンドクライシス
その日は突然に訪れた。
ニューヨークにある国連本部ビルの上層階。
世界中のホロゥ出現情報を観測しているその部屋で、いつもと変わらない時間が過ぎていく。
パンドゥーラの撃破以降、世界的にホロゥの出現数は減少傾向にあり、人類はホロゥとの戦いが始まって以来久方ぶりとなる安寧に身を委ねていた。
この場にいる職員も、ヘイムダルの角笛が奏でる音色を聞かずにそろそろ三ヶ月が過ぎようとしていた。
女性職員が隣の席に座る男性職員にコーヒーを渡す。
「お疲れジョン。お仕事順調?」
「全然だね。俺の仕事はホロゥのデータ蓄積だから、ここ最近はデータが上がってこなくて暇で仕方ないよ」
「らしいわね。四日前にケニアに出て以来ホロゥの出現はなしとくれば、それもそうか」
「ははっ、おかげさまで妻と子供たちに家族サービスをしてあげられる時間が増えているよ」
他愛もない会話が繰り広げられる。
部屋の責任者である室長もあまりの仕事のなさに座り心地のいい椅子で居眠りをしていた。他の職員たちも思い思いの会話を楽しんでいる。
このまま、ホロゥが出現せずに元の平和な世界に戻ってきてほしい。
そのような思いが全員の胸の内にあった。
と、その時、大モニターの地図に変化があり、男性職員の電話に着信がある。
「はいもしもし?」
肩をすくめながら受話器を取ると、電話の向こうから慌てたような声が聞こえてきた。
『こちらエドワーズ空軍基地! レーダーにホロゥ捕捉! ヘイムダルの角笛による警告も受けたが、これは……!』
「落ち着いてください。近隣の基地からワルキューレを……」
『これが落ち着けだと!? こんな……こんな……あああぁぁぁぁ!』
ここで男性職員も様子がおかしな事に気が付いた。
どこか抜けていた気を引き締め、パソコンに向かいながら状況の説明を求める。
しかし、ホロゥのものらしき奇声が聞こえ、大きな音がしたかと思えば電話が切れてしまった。
「もしもし? もしもし!?」
「どうしたの?」
「さぁ? カリフォルニアで何かあったらしいんだが……」
男性職員が首を傾げると、今度は女性職員の電話が鳴った。それだけでなく、いきなり部屋中の職員の電話が鳴り始める。
居眠りをしていた室長も普段と違う様子に目を覚ました。
目覚めのガムを口に放り込み、そして鳴り響く電話に表情を険しくして近くにいた職員に問う。
「何があった? 報告」
「私たちも何が起きているのかさっぱりで……」
職員が答えた、その時だった。
室内に緊急事態を報せる警報音が鳴り響く。
そのメロディーを聴いた職員全員が自分の耳を疑った。
なぜなら、鳴り響くこの警報音は最悪の事態を警告するための緊急警報。一生に一度も聞くはずがないと思っていたものだったからだ。
何か異常事態が起きていると判断した室長が叫ぶように指示を飛ばした。
「情報収集急げ! 世界中の国連管理下にあるヘイムダルの角笛の稼働状況を確認!」
「わかり……え? そ、そんな……こんなことって……」
「どうした!?」
「ヘイムダルの角笛の稼働データ来ましたが……故障としか……」
「どうなんだ!? 故障でも何でもとにかく情報を表示しろ!」
怒鳴られた職員が震える指で接続を大モニターに繋いだ。
映し出された情報に、職員の誰もが息を呑んで抱えていた資料を床にばらまいてしまう。
「ななな……何が……?」
「これが故障じゃないなら……マズいぞ……
モニターに映された世界地図は、南極を除くそのすべてが赤い円に覆われていた。この円が示す範囲が意味するのは、即ちホロゥの襲撃を受けている場所。
計器の故障でなければ、全世界同時多発的に無数のホロゥの襲撃を受けているということになる。
誰もが絶句する中、ニューヨークに設置されたヘイムダルの角笛がホロゥ出現の警告音を響かせる。それと同時に至るところで緊急時に鳴らされる警報音が響き始めた。
この事態はアメリカ大統領も即座に把握しており、国内はもちろんのことすぐに世界中の首脳陣にも国際電話で緊急事態が報告される。
世界中への同時襲撃という最悪の事態。そして、それだけに留まらずに事態はより最悪な方向へと転び、聞きたくもない凶報が次々と飛び込んでくる。
「南米大陸西海岸全域との通信途絶! 巨大すぎるホロゥの出現を確認したと最後の通信で……」
「エジプト政府より緊急連絡! 正体不明の新型ホロゥにより、国内で百万を超えるホロゥを確認とのこと!」
「上海にて超大型の新型ホロゥと中国軍が交戦! 台凜風――ネームドワルキューレのフリストが戦死して核攻撃も効果なしと!」
「室長! フロリダに超大型ホロゥ出現! ゲイルスコグルが戦死したそうです!」
「馬鹿な……ネームドワルキューレが一気に二人も失われるなどあり得るか……!」
「日本のエイルとブリュンヒルデは!?」
「無事を確認! ですが、禁忌指定タイラント種の大群と交戦中だと自衛隊より情報が!」
最早人類に残された最後の希望である神子と百合花に全てを託すしか未来は残されていなかった。
各方面への連絡と神への祈りを並行して行っていると、職員の一人が悲鳴に近い声で報告を上げる。
「フロリダでゲイルスコグルを殺害した超大型ホロゥがこちらに急速接近中!」
「な!?」
「そんな……この速度だと、到達まであと十三秒!」
早すぎる、と顔が青ざめた。
急いで退避命令を下すが、遅すぎる。
部屋の壁が破壊され、瓦礫が職員たちを押し潰した。室内が一気に血の海が広がる地獄へと変貌する。
どうにか無事だった室長が机の下から這い出す。そして、空けられた穴から外を見ると、数百メートルはあろうかという巨大なドラグーンタイプのホロゥが飛行しているのが見えた。
そのホロゥと視線が交錯し、ホロゥの口に青白い炎が集まり空気が歪んで――
「あ――」
室長が何かを言う前に、国連本部ビルは跡形もなく消え去ってしまった。
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