第152話 わちゃわちゃぱにっく

 合同浴場では黄色い声が響いている。

 今日は全学年の生徒が一緒にお風呂に入ることができる日。命を預け合う戦友と裸の付き合いができる日だ。

 普段は交流できないような歴戦の猛者である上級生がすぐ近くに感じられ、一年生のワルキューレたちは大興奮で話を聞いていた。

 そんな声を聞きながら、百合花は脱衣所で服を脱いで髪を結っている。


「結構人がいるみたいね。足、伸ばせるかな?」

「籠の空き状況を見るにきっと大丈夫ですよ!」


 百合花の隣で下着を脱いでいた奏は、周囲の脱衣籠を見て衣服の入っていないものの数を数えながらそう言った。

 せっかくの広いお風呂で足を伸ばせないのはストレスになると学園側も分かっており、脱衣所の籠の数を調整することで入浴人数を制限している。足を伸ばせないというような事態になるなど、学園のルールを無視して脱衣籠がいっぱいになっているにも関わらず無理やり浴室に突入するといった行為がない限りはあり得ないのだ。

 お風呂上がりの乙女たちの甘い香りがドライヤーの風に乗って鼻腔をくすぐる中、奏はタオルを腕に掛けると隣列のロッカー群に目を向ける。


「心ちゃん? どうしたの?」


 奏が首を傾げて見ている先で、心が胸をタオルで隠して縮こまっている。


「行かないの? それとも、もしかしてお腹とか痛い?」

「いや……その……百合花様も奏ちゃんもこうして見ると、おっぱい大きいなって思って私の貧相なものが恥ずかしくて……」


 心が言うとおり、二人の胸は心のものに比べて二回りほど大きい。

 だが、そんなに気にするほどではないと思った百合花と奏が顔を見合わせて苦笑した。


「私のは見てて気持ちいいものじゃないし……」

「そんな目で見られることないんじゃないかな……?」

「そうそう。それに、見てて気持ちよくないって言うなら私だってそうだから」


 困ったように言う百合花。鏡に映る彼女の裸体には、いくつもの傷痕が刻まれている。

 去年、同級生相手に初めて見せたときからさらに傷が増えている。この一年での戦闘は特に激しく、それによってできたものだ。

 痛々しい姿に、周囲にいた一年生をはじめとする他の生徒たちもチラチラと傷痕を見ている。

 この視線にも慣れたものだと肩をすくめると、心が百合花に近付いて脇腹の歯形をそっと撫でる。


「これ、痛そう……」

「バルムンクに思いっきり囓られたからね。リジェネレーターがあるとは言え加減してほしいものよ」

「でも、すごいです。こんなになってまで戦い続けるなんて、見てて気持ちよくないなんてことはないです。むしろ立派に思います」


 よく聞くと、周囲でも困惑ではなく称賛に近い会話がされていた。


「さすがは百合花様だよね……!」

「私だったら挫けてると思うのに、すごい」

「いつか私も追いつかないとな」


 好意的な反応に気持ちが温かくなり、百合花は心の頭を撫でた。

 奏も心の腕を取る。


「心ちゃんの肌は綺麗だから大丈夫。ね、一緒に入ろう」

「そうだよ! いつまでも裸だと風邪引いちゃうよ!」


 二人に促され、心が頷いた。

 奏と同じようにタオルを腕に掛け、百合花が浴室に繋がるドアを開けて三人で中に入っていく。

 先に頭と体を洗い、汚れを落としてからゆっくり湯船に浸かろうとする。

 奏と心はお互いの体を洗いあいっこするなどしてとても親密そうだった。わいわいと盛り上がる二人を見ていると百合花もなんだか楽しくなってくる。

 全身くまなく洗い終え、シャワーで泡を洗い流す。

 三人それぞれがすっきりすると、いよいよお待ちかねの入浴タイムだ。

 シャワーの前から立ち上がり、琥珀色の湯船へ歩いていって――。


「あ! 見てください静香様! 奏さんと心さんです!」

「わぁ! 同じ時間に来てたんだ!」

「取材行きますよー!」


 騒がしい声と共に、どたどたと複数の足音が近付いてくる。

 何事かと三人で振り返ると、静香を先頭にしてくるみが続き、他にも多くの女子が突進してくるのが見える。

 その勢いは凄まじく、あっという間に奏と心は取り囲まれてしまった。


「ななななんですか!?」

「怖い怖い!」


 急に同学年女子を中心にした集団に囲まれて二人はパニックだった。

 苦笑いした百合花は、少しでも助け船を出して状況を確認しようと思い、集団に潜り込んで最前列にいた静香を引っ張って離脱する。


「あれ、百合花ちゃん!?」

「何やってるの? 奏ちゃんも奏ちゃんも困ってるよ」

「そりゃあお二人の取材ですよ! なんたって奏ちゃんも心ちゃんも推し活同好会で一番の注目株なんですから!」


 静香の言葉に、他の同好会メンバーも同調する。


「百合花様に助けられてリリカルパワーを覚醒させて百合ヶ咲に合格したとかそれだけで物語が書けるレベルですから!」

「って! 百合花様も一緒よ!」

「三人揃っての取材だぁー!」


 一番盛り上がっているのが静香だった。

 普段見ない生徒会長の姿に、浴室にいた他の生徒たちが若干の笑みを浮かべて何事かと視線を向けていた。

 このままだとテンションがさらにおかしくなりそうだと判断した百合花は、静香を小突いて落ち着かせると集団をかき分けて奏と心を救出する。


「はいはい。お話はお湯に浸かってゆっくりね。皆も先に体を洗ってきなさい」

「「「はーい!」」」


 聞き分けのいい集団に思わず笑ってしまう。

 この後質問攻めにされるであろう自分たちを想像し、怯えたような目をしている奏と心を宥めながら、百合花も三人でゆっくりお湯に体を沈めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る