第151話 推し活

 森の中を小型ホロゥが走っている。

 ネズミ型で四足歩行のタイプマウスの左前脚は砕け、体にも亀裂が生じている。もうあと一撃でも与えれば、すぐにでも消滅しそうだった。

 だが、手負いのマウスは必死になって逃走を試み、それを追いかける一年生のワルキューレは息を切らしながら追撃していた。


「こんっの! 待て!」


 走りながら銃を撃つが、弾丸を見もせずに左右に動いて避けるマウスには掠りもしない。

 このまま活動限界で逃げられるかもしれないと思うと、焦る気持ちが強くなっていく。

 その焦りが余計に照準を狂わせ、マウスとの距離は開いていくばかり。

 悔しくて泣きそうになっていると、彼女の隣を駆け抜けて素早く木の上に移動する人影があった。

 その人物は、幹に背中を付けて体重を預けると、しっかり狙いを定めて引き金を引いた。

 放たれた弾丸がマウスの右前脚を破壊し、走れなくなったマウスが前のめりに転倒して地面を削る。


「今です! トドメを!」

「あ、はい!」


 一年生のワルキューレが銃を撃つと、今度はマウスの脳天を弾丸が貫いて見事撃破することに成功した。

 ホロゥの体が塵となって消滅していく。


「たお、した……」

「おめでとうございます!」


 木の上で援護してくれたワルキューレがはしゃいで飛びはね、そして枝が体重を支えきれずに半ばで折れた。


「わぁぁぁぁぁぁぁ!」


 素っ頓狂な悲鳴と共に落ちてくる。

 落下の衝撃で木の葉が舞い落ち、一年生のワルキューレが目を白黒させるもすぐに我に返って側へと駆け寄っていった。


「大丈夫ですか!? ……って!」

「いったた……」

「生徒会長!? あれ、静香様がどうして!?」


 後輩にいいところを見せようとして結局締まらない情けない姿を晒した静香が、ひっくり返った状態でにへへと笑う。

 手を借りて体を起こすと、服に付いた葉を払ってスカートの土を落とす。


「今日は私の巡回ルートがこの近くだったんです。それで、ヘイムダルを聞いてホロゥを探していたら貴女が戦っていたから」

「そうだったんですね。助けていただいてありがとうございました」

「気にしないでください! 格好いい先輩を見せたかったんですけど、上手くいきませんね……」


 あははー、とまた笑う。

 対して、一年生は首を振って否定した。


「すごく格好よかったです! すごい精度の射撃で……禍神討伐に貢献した英雄様はさすがだと思いました!」

「最後にちょびっと手伝ったことがそんなに持ち上げられると心が痛い……」


 バルムンク戦ではなく夜叉戦の話の方が大きいのかと思うと、大した活躍をしていなかったあの時の戦いは自分の非力さが恥ずかしくなる。

 しかし、静香は大したことないと言うが禍神を前に足を動かせたこと自体が本来は驚愕に値する出来事なのだ。

 それを理解しているのかしていないのか分からない静香の反応に、一年生の少女は苦笑いするしかない。


「さて。出現したのはあの一体だけみたいだし、戻りましょうか」

「あ、はい!」


 ホロゥ討伐を終え、二人で学校へと帰っていく。


「そういえば静香様」

「んー? どうしました?」

「静香様は生粋のワルキューレマニアだと、密かに推し活同好会の中で噂になっているんですけど、本当なんですか?」

「推し活同好会!? なんですかその楽しそうな集まりは!」


 ぐいっと顔を寄せて迫る静香に、一年生は驚いて数歩下がった。

 しかし、そんなのお構いなしに静香は距離をぐいぐい詰めていく。


「ええそれはもう! ワルキューレの皆さんのデータは大量に収集していますとも! この前なんて百合花ちゃんに国語辞典を持ち歩いていると間違われましたからね!」

「そんなにですか! すごい!」

「幼稚園からコツコツと集め続けた結果です! でも、あんまりこの話題で話せるお友だちがいなくて困ってたんですよね。だからぜひ同好会について詳しく!」


 さらに圧を強めて後輩に詰め寄っていく。

 その頃になると、一年生も前のめりになって互いの吐息が直接唇に感じられるほどの距離になっていた。


「受験の時に集まった仲間と話し合ったんです! 入学できたら同好会を作ろうって! 生徒会にも申請を出したんですけど……」

「そういうのは香織さんが全部担当してくれてるから、見てませんでした。私からも認めてもらうよう各所に直談判に行きますよ! 活動費もがっぽがっぽ!」


 そこまで言ったところで、学校の門を潜り同時に静香の後頭部が丸められた雑誌で叩かれる。


「いたいっ」

「生徒会の権限の乱用だよ。そういうのはよくないって」


 呆れ顔の香織に肩をすくめられ、静香が照れたように叩かれた頭を擦りながら小さく舌を出した。

 香織は、一年生に近付くとプラスチック製の表札を手渡した。


「板橋さん。推し活同好会の活動が認められました。教室は本館五階の第二講義室で時間は午後三時から夜の十時まで。講義室が使用予定の場合はその日の活動は不可という形でお願いしますね」

「ありがとうございます!」


 仕事を終え、香織が校舎へと去っていく。

 その後ろ姿を見送りながら、一年生と静香が元気よくハイタッチした。


「やりましたね! 私も後で参加希望で顔出しにいきますよ!」

「嬉しいです! あ、ごめんなさいすっかり遅くなりました! 私、板橋くるみといいます! どうかよろしくお願いしますね静香様!」

「こちらこそ!」


 静香も自分を慕ってくれる後輩ができ、楽しげに笑顔を浮かべた。

 死の危険とはかけ離れた眩い青春の時間が鎌倉を包んでいる。

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