第150話 巡る風習
百合花と樹は、二人揃って教室から出てきた。
大きく息を吐いてから顔を見合わせると、満面の笑みを浮かべて抱き合う。
「祝! 合格!」
「頑張った! お疲れ様!」
たった今、二人は卒業に必要なすべての単位認定試験に合格したのだ。
後は三年生になると受けられる必修の特別演習講義とそのテストさえ合格すれば、卒業に必要なすべての条件が満たされる。
ホロゥが出てこない今だからこそ勉強に集中することができ、その結果として合格を得ることができた。
これはめでたいと、打ち上げしようと話し合って食堂に向かう。
去年一年間の戦果で、二人とも使い切れないほどのクレジットを所有している。働かなくても生きていけるだけの額は二人とも持っていた。
値段も何も気にせずに好きなものを選べることにささやかな幸せを感じながら食堂に入ると、奇跡的にまだ人はそこまで多くなかった。
食券機に並んでいるのは三人ほどで、席にもまだまだ余裕はある。
と、廊下から小走りに駆けてくるような音が聞こえてきたため、百合花は樹の手を引いて急いで列の後ろに並んだ。
選んでいた人が食券を買い終わると同時に多くの人が食堂になだれ込んできた。
あっという間に長蛇の列が形成される。
「ギリギリセーフだったね」
「だね。危なかった~」
「お腹空いてるときにこれはキツイ」
先ほどからずっと、樹のお腹が可愛らしい音を奏でている。
百合花が樹の服の中に手を入れて、直接お腹を撫でた。
「腹筋固いね」
「女子にそれ言うのどうかと思うなあたしは」
近距離でアサルトを振るのだから、鍛えていて当たり前という気持ちと乙女として少し恥ずかしい気持ちが同居していた。
すると、後ろの方が少し騒がしくなって、並んでいた人が少し横に避けて誰かを前に通しているのが見える。
「なんだろ?」
「あれじゃない。一年生の子に順番を譲ってあげようってやつ」
「そういやあたしらも去年してもらったね」
「だね。私たちも順番を譲ってあげようか」
一年生がもう少しで百合花たちの前に来るというタイミングで食券機が空いた。
だが、どうせならとその子たちに順番を譲ることにして、二人は食券機には向かわずに立っている。
やがて、樹の後ろにいた人が一年生を通してあげて――、
「あ、奏ちゃん」
「百合花様!」
そこにいたのは、先日挨拶してくれた雪平奏と、もう一人、青い髪をボブカットに揃えた少女だった。
青い髪の子にも百合花は見覚えがある。
「奏ちゃん。その子がそうだよね?」
「っ! 覚えていてくれたんですか……!」
「ほらね! 百合花様はやっぱりすごいんだよ!」
はしゃぐ奏と、嬉しそうに頬を朱に染める青髪の少女。
彼女は、ぺこりと頭を下げた。
「えと、改めてなんですけど……私は
「久しぶり。私は西園寺百合花ね。こちらこそよろしく」
「あたしは東郷樹。気軽に樹って呼んでくれていいからね心ちゃん」
「ありがとうございます百合花様、樹様。私の方こそよろしくお願いします」
可愛い二人の後輩に恵まれ、百合花も樹もいい笑顔を見せていた。
そうして、名案が浮かんだとばかりに樹がポンと手を打つ。
「そうだそうだ。せっかくの縁だし、あたしらが何か奢ってあげるよ」
「え! そんな悪いです!」
「いいからいいから! お姉さんに任せとけ!」
「ですが……」
「本当に気にしなくて大丈夫。でももし気にするんだったらさ。来年、新しく入ってきた子に何か奢ってあげてよ」
先輩から後輩へと思いやりを繋いでいく。
去年は自分たちも大切にされていたから、今度は自分たちが後輩を大切にする番だ。
少し悩み、顔を見合わせて小声で相談した奏と心は、おずおずと手を挙げて頭を下げた。
「私、このスコーン&ミルクティーセットが気になります」
「私はこっちのパンケーキセットが……」
「二人とも、目の付け所がいいね!」
「あたしらも去年の初めてはこれらだったよね! 懐かしい!」
奏の分は百合花が。心の分は樹がそれぞれ出し、自分たちも同じものを選んで食堂のおばちゃんに食券を渡した。
しばらくして出来上がった料理を受け取り、景色のいい窓際の席に座る。
「これが憧れの百合ヶ咲で見る景色……!」
「ご飯も美味しいって聞いたんですけど、噂通りですね。美味しそう」
「人気メニューだからね。じゃあ、食べよっか。樹が可哀想なことになってるから」
「お腹空いた……」
お腹の音が大きくなった樹に笑いつつ、全員で食事を始めた。
きゃっきゃと騒ぎながらスコーンとパンケーキを食べる奏と心がまるで妹みたいだなと思い、下に妹弟がいない百合花は晴れやかな気持ちになっていく。
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