第149話 出会いある入学の日

 ホロゥの襲撃がないまま季節は巡り、鎌倉の町に桜の花びらが舞うようになった。

 桃色の風に髪を揺られながら百合花が歩く。その隣には樹も一緒だ。

 二人並んで歩きながら、笑顔で白い門を潜る少女たちの姿を見ている。


「もう入学の季節ね」

「そうだね」

「懐かしいな。もうずっと遠い昔の事みたい」

「あたしたちが入学したのは去年なんだけどね」

「ほんと。去年一年でいろいろありすぎたから」


 入学からそれほど時間が経たないうちに禍神夜叉との死闘、そして富士の町でのドラガンゼイドとの対決。挙げ句に東京を蹂躙したパンドゥーラの討滅だ。

 色濃い、などという単純な言葉では到底言い表すことのできない時間を百合花たちは過ごしてきた。

 ここ最近の平和ぶりからつい忘れそうになるが、自分たちは改めてホロゥと戦うワルキューレなのだと胸に刻む。


「あ、見てよ百合花。あそこ面白いことになってる」

「え? あ、ほんとだ」


 数人の教員に混じり、夢の後を継いで新たに生徒会長となった静香が緊張した様子で新入生の案内をしている。

 近くでは、変わらず書記をしている新三年生の生徒会役員にいろいろ教わりながらも、副会長になった香織が静香の補助をしていた。

 校長も二人の動きを微笑ましく見守りながら、戸惑っている新入生に各場所の案内を行っていた。

 集団を捌き終え、一息ついている静香たちの元へ二人が歩いて行く。


「お疲れ様静香ちゃん」

「あ! 百合花ちゃん! もう大変ですよ!」

「それは見てたら分かるって。でも、生徒会長ずいぶんと様になってるよ」

「それですよ! どうして私が生徒会長なんですか! 百合花ちゃんとか樹ちゃんとかもっと適任がいるのに!」

「私はほら。ブリュンヒルデとしていろいろ戦いに出ると大変だろうって学園の判断だから」

「だからあたしが静香を会長に推薦しておいた」

「樹ちゃんが犯人だったんですね!? 立候補した覚えがないのに候補者に名前があったからびっくりして保健室に運ばれたんですからね!?」


 ぽかぽかと樹の胸を叩きながら抗議する静香の姿は可愛らしく思えてくる。

 笑って逃げる樹と追いかける静香を、百合花の隣に歩いてきた香織が小さく笑って眺めていた。


「楽しそう」

「あははー。でも、ごめんね。香織ちゃんが生徒会っていうのはちょっと意外かも」

「……御姉様に誇れる私でいたいから」


 戦死した葵のためにと、自分が今できることを考えて実行に移していた。

 東京での戦いで、誰もが多くを失った。

 けれど、今を生きて未来へと進んでいこうという意思は健在だった。

 これまでの経験をすべて糧として、光ある未来を生きていくのだ。

 香織が腕時計を確認し、まだ追いかけっこを続けている静香に声を掛ける。


「そろそろさっきの集団の後に電車に乗った人たちが到着する頃だよ! 静香ちゃん早く戻ってきて!」

「あ、はーい!」


 遠くにアサルトを入れたバッグを担いだ新入生の集団が見えてきた。

 これ以上は邪魔になるなと思い、百合花も樹も静香たちに別れを告げて離れていく。

 と、しばらく歩いたときだった。


「あー! 西園寺百合花様ですよね!」


 大きな声で名前を呼ばれ、そちらを見る。

 大きな目が特徴的な、栗毛の少女が目を輝かせて百合花に駆け寄ってきていた。


「お久しぶりです! あの時は本当にありがとうございました!」

「え? ごめんなさい。どこかで会ったことある?」

「やっぱり覚えていませんよね。私、実は百合花様に琵琶湖で助けてもらったことがあるんです。友達と震えていたら、私たちを襲ってきたウルフを両断して助けてくれたんですけど……」

「友達……ウルフ……あっ!」


 それは、琵琶湖血戦初日の夜中。

 たしかに百合花はウルフの群れを殲滅し、その最中に四人ほどを救出した記憶があった。

 その最初の二人のうちの一人が、目の前の少女と姿が重なる。


「あの時の子!?」

「思い出してくれたんですか!? 私、あれ以来百合花様に憧れていたんです! だからこうして頑張って入学することができました!」

「え? 百合花に助けてもらって、それでワルキューレになったってこと? すごいじゃない! ドラマ化できる話じゃん!」

「実はあの時の友達も今年入学するんです! 中学入学のすぐ後にリリカルパワーに二人揃って覚醒したのは奇跡だなって」


 本当にそうだと思う。

 過去に助けた子が今度は肩を並べて戦う戦友となる。

 奇跡的な話に百合花は心から驚いていたし、何より嬉しいという気持ちが強かった。


「あ、すみません東郷樹様! 百合花様と再会してついはしゃいじゃって」

「いいよ。あたしのことは気軽に樹って呼んでくれて大丈夫」

「私も百合花でいいよ」

「分かりました! 樹様! 百合花様! 私は雪平奏ゆきひらかなでといいます! ふつつか者ですが、どうかこれからよろしくお願いします!」


 頭を下げ、まだ寮の部屋を見ていないということで場所を教えると、奏は手をブンブンと振りながら走って行った。

 その後ろ姿を見送り、樹が笑う。


「なんか、いいね。樹様って呼ばれると、後輩ができたんだって感慨深くなる」

「それは私も思った」


 新たな出会いに胸が躍る。

 このまま平和な学園生活を送り、皆で笑い合える思い出を作ることができたらと願う百合花であった。

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