最終章 未来へ繋ぐ想いの花
第147話 一時のお別れ
パンドゥーラ撃破の報告に、世界中が沸いていた。
東京に壊滅的な被害を叩きつけ、その夥しい犠牲と被害規模から絶望の象徴として人類を恐怖のどん底に突き落とした災厄そのもの。
人類滅亡が現実的な問題として見え始めたちょうどその時期にパンドゥーラをワルキューレの力で討ち滅ぼしたことは、これ以上ないほどに輝かしい功績だった。
作戦に参加したすべてのワルキューレ、特にネームドの百合花、凜風、サテリナの名声は世界で知らない者がいないほどに轟き、シグルドリーヴァ以来の希望の御旗として祭り上げられることとなる。
そして、パンドゥーラ撃破以降、ホロゥの動きにも変化が生じた。
東京事変と呼称されることになったパンドゥーラとの決戦以降、世界中でのホロゥ出現が過去類を見ないほど沈静化したのだ。
一ヶ月の間世界のどこにもホロゥが出現しないということもあり、大型以上のホロゥ、そしてタイラント種ホロゥも姿を消してしまう。
この事態を受け、世界連合は非公式ながらホロゥとの戦いに勝利したという声明を残す。
それまで落ち込む一方だった世界中の出生率はパンドゥーラ撃破の翌年に急激な跳ね上がりを見せ、世界規模でのベビーブーム到来かと騒がれた。
……しかし。
その時はまだ誰も知らなかった。
それが、人類に残された最後の幸福の二年間だと。
◆◆◆◆◆
鎌倉の正面門にて。
迎えのバスを待ちながら、杏華が新しく鎌倉滞在中に購入した十字架のペンダントを触っていた。
周囲に目を向けると、聖蘭の他のワルキューレたちが、この短期間の間で仲良くなった百合ヶ咲学園の面々とお別れの挨拶を交わしている。
その光景を眺め、マントを翻すと先に到着していたヘリの近くへと歩いていく。
ヘリの近くには百合花が立っており、乗り込んでいく瑞菜、宮子、咲の三人を見送っていた。
「お世話になりました。百合ヶ咲で学んだこと、一生忘れません」
「私たちの方こそいろいろ助けてもらったから。……全員で一緒に帰ることができたら良かったんだけど」
目を伏せる百合花。
宮子が抱えている、多くの骨壺のことを言っているのだろうとすぐに察せられる。
それでも、咲が席を立ってドアの近くまで移動し、百合花の肩を強く叩く。
「心配するな。私たちはこういう覚悟だって決めている。ホロゥへ向ける刃が鈍ることなんてないわよ」
「そう、か。無理しないようにね」
「余計なお世話よ」
鼻を鳴らし、座っていた席まで戻る。
「……いろいろとごめんなさい」
「え?」
「ふふっ。咲も丸くなって良かったです」
「うっさい瑞菜! あんたが一番心配なのよ」
仲間を心配するようになった咲を見て、今回の遠征に大きな意味があったのではないかと思えてくる。もしそうであるならば、多くの犠牲を出してしまったがまだ救いはあるだろう。
高天原の職員が時間だと告げ、瑞菜がヘリのドアに手をかける。
「「ありがとうございました!」」
「お世話になりました」
高天原の三人が頭を深々と下げ、ヘリが飛び立っていった。
空の彼方に消えていくヘリを見つめながら、微笑む百合花に杏華が近付く。
同じタイミングでクラクションが鳴り、聖蘭黒百合からの迎えのバスも到着した。
「お別れの時間だね」
「何を言う。どうせあと二年もしたら百合花の下で我が閃光がホロゥをなぎ払ってるわよ」
「そうだね。でも、それもう出番ないんじゃないの?」
「くっ……! ここ一ヶ月世界のどこにも大型ホロゥが出現しない! 喜ばしいことだが私の超必殺が撃てないではないか!」
「良いことだ良いことだ~」
二人顔を見合わせて笑い合う。
お別れを済ませた綾埜たちがバスに乗り込んでいき、残すは杏華のみとなった。
荷物スペースにアサルトを入れたバッグを放り込み、バスに乗る直前に杏華は百合花に強く抱きつく。
「右目が疼く」
「最後まで何?」
「ごめん、少し嫌な予感がするの。百合花は絶対に生き残ってね。また戦える日を楽しみにしてるから」
腕を振るわせる杏華を優しく抱きしめ返し、そっと頷く。
一息ついた杏華も頷き、バスへと乗り込んだ。
「さらばだ純白の乙女たち! また戦場で肩を並べる日を楽しみにしているわ!」
最後にいつもの調子を取り戻した杏華の声を最後に、ドアが閉められてバスが発進した。
目に涙を浮かべて別れを惜しむ静香や生徒たちの姿を見ていると、杖をつく音が耳に届く。
「皆帰ったか」
「あ、彩花様。動いても大丈夫なんですか?」
「アイリーンに怒られるだろうけど平気よ。にしても、寂しくなるわね」
「これからもっと寂しくなりますよ」
「違いない」
彩花が諦めたようなため息を吐く。
東京事変で自衛隊のワルキューレにかなりの損害が発生した。
ホロゥ出現が落ち着いているとは言え、いつまた以前のペースに戻るか分からない状況を受け、防衛省は全国の学園都市で三年生全員と、特別優秀な二年生を卒業させて自衛隊予備訓練生として入隊させることを決定したのだ。
これに、百合ヶ咲学園から三年生の他に、条件に当てはまったアイリーンと彩花、彩葉がもうすぐ卒業を迎えることになる。
見知った顔がまたいなくなってしまい、寂しい気持ちはあるがまたすぐに会えると思うとまだ悲しみを抑えることもできる。
「ついに百合花ちゃんも二年生か。思えばこの一年間いろいろありすぎでしょ」
「禍神討伐に巨大ロボとの決戦。果てはパンドゥーラですからね。でも、経験にはなりました」
「すごいねその感想。生きているのが不思議なレベルなのに」
彩花が乾いた笑みを漏らした。
そして、百合花の両肩に手を置く。
「これから先の百合ヶ咲学園。そして未来の後輩たちを任せるよ」
「はいっ!」
「って、こういうのは夢様のお仕事なんだけどね」
「最後くらい締めてくださいよ」
彩花節は健在だな、と百合花は笑った。
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