第146話 夜明けの訪れ

 全力を使いきり、百合花がその場に倒れた。アサルトも落としてしまい、砕けた地面に突き刺さる。

 終わった。やりきった。

 通信機から聞こえてくる報告で、東京中のホロゥが一斉に活動限界を迎えて消えていることがわかった。

 想像を絶する死闘を乗り切ったのだ。あらゆる場所から生き残ったワルキューレたちによる涙混じりの歓声が感情を爆発させて聞こえてくる。

 しかし、戦いに勝利して嬉しいという感情は百合花にはない。

 そう思うには、失ったものがあまりにも大きすぎる。


「樹……静香ちゃん……皆……ごめん……ごめんなさい……っ」


 杏華や綾埜たち生きていた聖蘭のワルキューレたちが慌てて百合花の元へ駆けつけた。

 地面に頭を擦りつけて泣く百合花を見て、杏華たちも俯き涙を流す。

 勝つためとはいえ、百合花一人に重すぎる十字架を背負わせてしまった。特に、杏華は百合花がこれまでどれだけの十字架を背負ってきたかをよく知っている分、さらにいたたまれない気持ちになった。

 樹の代わりになれる、などとは死んでも思わない。

 けれども、少しでも百合花の心を繋ぎ止める支えになることが、一生の使命だと胸に刻んだ。

 多くの時間を共に過ごし、親友と思っていた静香の死には築紫も座り込んで大声で泣き出してしまった。

 百合花と築紫にどう声を掛けようか困っている綾埜。と、その時、綾埜が足音に気が付いた。

 綾埜の様子に杏華も気が付き、同じ場所を見て、そして両手で口元を覆った。


「百合花……百合花……っ!」


 肩を揺さぶり、顔を上げさせて後ろを見させる。

 そこにいたのは――、


「う……そ……」

「え、えへへへ……生きてまーす」

「本気で死んだとは思ったけどね……」

「いや~、私のシールド結構強いんじゃないかな。とにかく助けられてよかったよ」


 全身傷だらけになった彩花が樹を背負い、その後ろから軽い火傷を負った静香が顔を覗かせた。

 死んだと思っていた三人の無事な姿に、百合花の目頭がさらに熱くなって滝のような涙が流れ出てくる。

 杏華たちもそれは同じで、無事な三人の姿にこれまで見せたことがないような顔で泣いていた。

 互いの無事に喜んでいると、通信機から他にも嬉しい報告が相次いだ。


『こちらサテリナ。パンドゥーラの消滅を確認。お疲れ様でした! 全員無事です!』

『凜風に代わり私が報告を。こちら死者はゼロ。凜風が疲労で寝ちゃっただけですね』

『聞こえますか? 夢、無事です』

『御姉様……私、やりました……っ!』

『もしもーし! あやめは生きてるけど、皆は無事~?』

『ちょっ、あやめちゃん。腕を火傷してるからあまり触らないで!』


 通信機から聞こえてくる、全員の元気な声に表情が明るくなってくる。

 状況確認は忙しく、百合ヶ咲の司令部から通信が入った。


『こちら百合ヶ咲司令部。百合花さん。状況の報告をお願いします』


 校長がそう尋ねてくるが、百合花は樹に抱きついて大きな声で泣くばかり。

 何かあったのかと不安になる空気が通信機越しに感じられて、彩花が苦笑しながら通信を代わった。


「こちら城ヶ崎彩花。百合花ちゃんはお取り込み中なので代わりに報告しますね」

『無事でしたか彩花さん! それで、パンドゥーラはどうなりましたか?』

「そちらのレーダーで捉えていませんか? そういうことです」


 少し意地悪くそう答えると、通信機の向こう側で司令部要員と教師陣の弾ける歓声が響いてきた。

 自衛隊も状況を把握したようで、管制官たちが喜びを爆発させて叫ぶような音と資料が投げられるような音が繰り返し聞こえてくる。

 杏華は別で誰かと話していた。

 しばらくして通信を切ると、樹の胸で泣き続ける百合花の頭を優しくさする。


「百合花。清美様と神子様から連絡があったよ。『本当によくやりました。頑張ったね』『さすが、百合花は私の自慢の妹だね』だってさ」

「うん……うんっ」

「最後、私たちの隙を作るために使った皐月の技術。皐月も絶対に褒めてくれるよ」


 言い終わるよりも先に杏華が再び泣き出した。

 それぞれが生き残った戦友と勝利の喜びを分かち合い、涙している。

 自衛隊や百合ヶ咲司令部から各所の被害報告を受け取った。判明した損害に彩花が目を見開いて唇を一文字に結ぶ。

 彩花が通信機をオープン回線にした。深く息を吸い込み、目尻に涙を浮かべながら泣き笑いの顔で全体に報告する。


「パンドゥーラ、討伐成功! パンドゥーラ最終決戦作戦は私たちの勝ち! 誰一人死者を出さなかった完全勝利です!!」

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