第145話 勝ちを掴む
全身に傷を負い、もうボロボロの状態のパンドゥーラ。
だが、それはこちらも同じであった。
リリカルパワーの足場を駆け上っていく樹と彩花、それに続くように百合花が走るが、異変に気が付く。
樹と彩花のフノスの輝きが弱まっている。リリカルパワー切れが近い。
敵も味方も戦闘を続けることができるのはあとわずかだ。
最後のこの時間を使い、何としてでもパンドゥーラを撃破するという思いが強くなる。
「最後に全力で!」
樹のアサルトが眩い輝きを発した。
パンドゥーラ後方が光り、例のホーミングレーザーが放たれるが、渾身の力で振り抜いた無数の斬撃がこちら側に届く前にレーザーを撃ち落とす。
同時に、勢いを失って失速した樹が頭から落ちていった。
「樹!」
「樹ちゃんは私が助ける! 百合花ちゃんはこのまま進め!」
彩花が向きを変えて急降下し、樹を追いかけた。
そちらは任せ、再びパンドゥーラに視線を向ける。
大きく吼えたパンドゥーラが再度舌先に黒紫の光球を作りだしていた。
が、それは充填前に地上からの閃光が撃ち抜く。
「杏華!?」
「虎の子の一発だ! 本当にこれが最後だから、しくじらないでね!」
皆が繋いでくれている。
アサルトにリリカルパワーを満たした。同時にリリカルバーストも発動させ、覚醒した第四世代能力もフルに活用して自分が出せる最大威力の攻撃を構える。
危険を感じ取ったパンドゥーラが舌を素早く伸ばした。
これまでで最大射程の捕食攻撃。
狙っていたのは討ち漏らしたホロゥの群れだった。数体がまとめて捕らわれ、一瞬で飲み込まれていく。
エネルギーを回復したパンドゥーラが吼え、息を吸い込み始めた。
パンドゥーラの口に禍々しい輝きの球体が形成される。
まさかまだそれだけのエネルギーを残しているなど思っておらず、今からでは防御が間に合わない。
このまま攻撃か、それとも防御を試みて核攻撃をしのげるか考えるが、そこでふと気が付いた。
パンドゥーラは百合花を狙っていない。別の場所に射線を向けている。単眼の中心には百合花の姿はなかった。
どこを狙っているのかと周囲を見渡し、そして血の気が引いた。
パンドゥーラの射線上には樹や静香たちの姿があった。
もう二人とも満身創痍で、核攻撃の範囲外には逃げられないと予想できる。樹のフノスは輝きが失われていて、あれではシールドも展開できない。
直撃を受ければ跡形も残らず消し炭にされてしまう。
振り上げたアサルトを見て百合花が必死に頭を回転させた。
今ならまだ全力で移動すれば二人の前で全力のシールドを展開することはできる。もしかすると二人を守ることができるかもしれなかった。
しかし、そんなことをすれば杏華たちが作りだした千載一遇のこのチャンスをみすみす無駄にしてしまう。より大勢の命が危険に晒されるかもしれなかった。
迷う百合花に、さらに決断を早めさせる出来事が起きる。
「百合花! パンドゥーラの体が!」
杏華に指摘されてパンドゥーラの体を注視する。
端から少しずつ色が薄くなり、今にも消えようとしていた。似たような光景を百合花たちは鎌倉で見ている。
ファーヴニルが意図的に活動限界を起こして逃げるときの様子によく似ていた。
「撤退するつもりね!?」
「パンドゥーラのリターンホロゥとか洒落にならないわよ!」
「最後に一撃残して逃げるつもり!?」
悲鳴に近い声が聞こえてくる。
――決められない。
パンドゥーラを倒し、明日を迎えようと発破をかけて皆を連れてきたのは百合花自身だ。ならば、なんとしてでもパンドゥーラを倒さなくてはならない。
しかし、静香という大切な友人を見殺しにして、さらに樹まで失うようなことになると正気でいられる自信はなかった。
この場面での正解は、二人を諦めてパンドゥーラの撃破を成し遂げる。それは頭で分かっている。
それでも感情論はまた別で、誰一人失いたくないという想いがアサルトを鈍らせた。
禍々しい輝きはさらに強くなり、百合花は攻撃を中断してビルを足場にすると二人を守るために踏み込もうと――、
「倒せ!」
樹の強い声が百合花の耳に届いた。
ハッとした表情で二人を見ると、二人ともアサルトを投げ捨てて拳を振り上げていた。
「迷わないで! パンドゥーラを倒せ!」
「私たちに構わないでください! 早くトドメを刺して!」
距離は大きく離れている。
それでも、確固たる意思が宿った目はしっかりと百合花の目に映り、涙が溢れ出てきた。
ビルの壁を足場にしているのはそのままに、全身に強く力を込めて体の向きを変える。
涙と共に迷いを流し、真っ直ぐパンドゥーラを睨み付けて壁を蹴った。
咆哮と共にパンドゥーラが光の球体を射出した。
百合花の横を通り過ぎ、背中側で極大の爆発が発生したのを音と衝撃波で感じ取り、歯を食いしばって悲しみに耐える。
百合花たちを嘲笑い、姿を消そうとしていたパンドゥーラにすんでの所で追いついた。
百合花のアサルトが刀身から眩い輝きを放ち、暗雲を裂きながらエネルギーの剣を振り下ろした。
「やああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
魂で叫びながらアサルトを振り抜く。
最後に残った目を砕き、体を破壊し、エネルギーの翼を打ち砕く。足場にしていたスカイツリーも半ばで斬り裂くほどの凄まじい一撃。
バランスを崩したパンドゥーラが地上に落ちた。
わずかにだが消えかけていた体が元に戻り、撤退までの時間が引き延ばされる。
――オオオオオオォォォォォォォォッ!!
憎しみとも断末魔とも取れる咆哮が百合花の鼓膜を揺さぶった。
気を失いそうな叫びに気力で耐え抜き、さらに回り込みながらもう一撃を体へと叩き込む。
攻撃の直前、百合花と皐月の姿が重なった。
右から二つ目の目の上が大きく砕け、そこに紫色の禍々しい宝石が埋め込まれているのが見える。それがなんなのかは、百合花は直感で感じ取っていた。
「それが、お前の急所かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
限界を超えた力を発揮して、最後に残された全ての力を振り絞って宝石へアサルトを突き立てる。
パンドゥーラの絶叫が物理的な衝撃波となって周囲の全てを蹂躙していく。
筋繊維の一つ一つで分解されてもおかしくない音の猛撃を耐え、パンドゥーラに負けないほどの大声でアサルトに全力を乗せる。
「これで終わりだ! パンドゥーラァァァァァァァッ!!」
そして。
百合花の攻撃でパンドゥーラの宝石は砕け、全身が眩い輝きに包まれる。端々から光が粒子となって体が消滅していった。
パンドゥーラから天へと向けて昇っていく金色の輝きは残った暗雲を全て吹き飛ばし、空はどこまでも広がる澄んだ青色を取り戻していた。
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