第142話 開戦パンドゥーラ

 パンドゥーラが動いた。

 エネルギーの翼を大きく広げ、大気を震わせる巨大な咆哮を発する。

 途端に降り注ぐ雪のような粒子。黒い光が周囲を埋め尽くしていく。

 しかし、その妨害はもう通用しなかった。


「アイリーン様!」

『ほいきた!』


 百合花が通信機に向かって叫ぶと、周囲から複数のドローンがスカイツリー上空へと急いで展開していく。

 そして、下部に搭載された箱が砕けると、細かな白い粒子が拡散された。

 粒子はパンドゥーラの粒子と混ざり合い、互いに明滅して消滅していく。

 驚くような素振りを見せたパンドゥーラがさらに粒子を撒き散らすが、第二第三のドローンが飛び立って妨害を許さない。


――オオオォォォォォォォォッ!


 怒りに燃える咆哮が轟き、百合花が笑ってアサルトの切っ先を突きつける。


「もうお前の妨害は届かない! 覚悟しろ!」


 百合花に続いて樹たちもアサルトを構えて臨戦態勢となる。

 そこに、新たに複数の人員が到着した。


「御影隊、ただいま到着!」

「よし! 聖蘭各員! これより、ラグナロクチェインの同時展開を開始する! 神の祝福を受けし魔女の鉄槌……忌まわしい神敵に叩き込めッ!」

「「「はい!」」」

「御影隊はフレイヤバレットを展開スタート! こっちでオーディンバレットを使って吹き飛ばすよ!」


 杏華の号令で聖蘭のワルキューレたちが一斉に動き出す。

 ラグナロクチェインの弾丸を二つの分隊で同時に撃ちだし、作戦通りパンドゥーラ撃破の準備を進めていく。


「彩葉と静香ちゃんは援護射撃を! 私たちは!」

「あたしと百合花、彩花様の三人で切り込みます! 絶対に邪魔させない!」

「瑞菜さんと宮子さんは周辺ホロゥの駆逐を!」


 中型のホロゥが集結しつつある現状、パンドゥーラだけでなく奴らからも杏華たちを守らなくてはならない。

 数は多くても中型の雑魚だ。ならば瑞菜と宮子の二人で充分対処可能。

 二人にそちらを任せ、三人でパンドゥーラとの死闘に臨む。

 彩花と百合花が同時にリリカルバーストを発動させた。爆発的なまでの威圧が膨れ上がっていく。

 先行して樹が突っ込み、それを見たパンドゥーラが口先に例の黒い光の球を作り上げていく。

 至近距離から喰らえば即死するであろう一撃は、発射の直前に彩葉と静香の銃撃が顎を直撃することにより射線が外れた。

 はるか上空に向けて放たれた光は、眩い輝きと共に衝撃波と爆風で辺り一帯をなぎ払う。

 樹が影響をもろに受けてバランスを崩すが、それだけで負傷などはしていない。

 攻撃を外したパンドゥーラが今度は舌を突き出して樹を捕食しようとするが、彼女は伸びてきた舌にアサルトを叩きつけることによって体を上へと浮かび上がらせた。

 連続で舌に斬撃を叩き込みながら接近していく。


「動きがワンパターンなのよ!」


 痛みに体をよじり、今度は舌を巻き取って樹を飲み込もうと考えたパンドゥーラだったが、先端が樹に触れる直前に彩花が舌を切断した。

 気味の悪い液体を切断面から流しながら、痛みで絶叫するパンドゥーラ。

 百合花が飛び上がり、開かれた口へ照準を合わせる。


「お腹が空いているのならこれでも食べてなさい!」


 そう言い、連続で射撃して口内に弾丸を叩き込む。おまけとして手榴弾も一緒に放り込んでやった。

 体内を直接爆撃され、暴れるパンドゥーラによじ登ると、すぐにアサルトの形状を剣へと変形させて頭上へと掲げた。


「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 気合いの声と共に力強く振り下ろし、頭頂部に突き刺した。


――オオオォォォォォォォォッ!?


 再びの絶叫。

 苦しむパンドゥーラを見て、百合花たちの表情に余裕と笑みが浮かび上がってくる。


(いける……! 戦えてる……!)


 勝負として成立している。一方的な蹂躙にはなっていない。

 このまま攻撃を続け、ラグナロクチェインの発射と同時にトドメを刺す。

 眼下では杏華たちの弾丸が発する光を強めていた。もうすぐ必要最低限の威力に達することだろう。

 このまま押し切れると、そう思っていた。

 しかし――、


『百合花ちゃん! パンドゥーラ後方で正体不明の発光!』

「え!?」


 射撃を続けていた彩葉からの報告を受け、百合花が指摘された箇所を見る。

 青白い光が筋となって放たれたのは、それと同時だった。

 空中で曲がりくねった光は百合花たちに襲いかかり、アサルトに当たった瞬間に爆発を起こす。

 百合花たちだけでなく、光は杏華や瑞菜たちにも襲いかかり、至る所で爆発が起きてホロゥの破片が飛び散った。

 スカイツリーの支柱に隠れるようにして降りた百合花。直後に樹と彩花も落ちてきてギリギリのところで体勢を変えて着地に成功する。

 百合花含め、三人とも体の節々に火傷を負っていた。至近距離で爆発を受けたのだから当然のことではあるが。

 とりわけリリカルパワーが強く、シールドも強固な三人でこの有様だ。フレイヤバレットを準備していた聖蘭のワルキューレたちがどうなったのかを想像すると背筋が凍える。


「杏華! 他の人も! 大丈夫!?」

「被害報告!」


 彩花が確認を求めると、すぐに応答がある。


『彩葉、静香ちゃん共に無事だよ!』

「御劔以下オーディンバレット部隊、ユークリット様が負傷するも死者はなし!」

「フレイヤバレット準備中の御影隊、三名負傷! 死者はゼロ!」

『こちら宮子! 私も瑞菜さんも少々の火傷で済んでます! 戦闘、続行します!』


 全員の生存を確認して安堵する。

 と、同時に百合花は樹と肩を並べてパンドゥーラを睨み付けた。


「ホーミングレーザーまで使えるとは……恐れ入ったわ……!」

「やっぱり、そう簡単にはいかないってことか」


 煙を吐きながらパンドゥーラが嗤うように口を動かした。

 互いに一歩も譲らない激戦。

 黒い暗雲が日の光を覆い隠し、戦いはさらに混迷を極めようとしている。

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