第140話 未来への夜明け

 空が少しずつ青さを取り戻そうとしている。

 夜明け前のこの時間、静寂が支配するこの場で百合花はスカイツリーを見ていた。

 夜空に浮かぶ赤い六つの光。パンドゥーラは変わらずその場で東京を支配した魔王の如き威圧感を放っている。


「この戦いで、皆多くのものを失った」


 静かに話し出す百合花の言葉を、樹たちは黙って聞いていた。

 俯き、今も隣でいるはずだった者たちの姿を思い浮かべている者も大勢いる。


「家族、友人、日常……例を挙げればキリがない。本当に多くのものをパンドゥーラに奪われてしまった」


 パンドゥーラの咆哮が再び聞こえてくる。


「けれど、私たちをどれだけ絶望の底に沈めようと、パンドゥーラは誇りだけは奪えなかった! ワルキューレとして、人類のために戦う私たちの誇りは今も私たちの胸で燃え続けている! それは、恐怖や絶望に屈することなく今この場にいるという事実が証明してくれている!」


 話を聞いているワルキューレたちの雰囲気が変わった。


「今、パンドゥーラに屈さずに立ち向う私たちは、ワルキューレとして胸を張れるでしょう! 輝く明日を迎えられるでしょう! 今から始まるのは、ただパンドゥーラを倒す戦いじゃない。私たちが挑み、掴み取ろうとしているのは未来よ。絶望と希望、その分水嶺のこの瞬間に、希望を勝ち取りにいくための戦い! 絶望に沈む未来を否定したその先に、私たちの栄華と繁栄が待っている!」


 最後まで諦めずに戦い続けた皐月の背中が、夜空で唯一輝く星と重なる。


「そうよ。今、この場にいる私たちは絶望にも恐怖にも屈しなかった勝者よ! 後はただ終わらせるだけ。パンドゥーラを倒して、長い長いこの東京の戦いを終わらせて、明日を笑顔で迎えるの! 信じて諦めずに戦い続ければ夜明けは必ずやって来る。その兆候も既に見えている!」


 百合花が腕を伸ばし、最前列で待機する二人のワルキューレに注目が集まるようにした。


「フリストとゲイルスコグルという、この上ない助っ人も私たちに味方してくれている。この戦いで、人類は多くのものを失ったけれどそれ以上に多くのものを獲得した。この戦いで希望の未来を勝ち取れば、夜明けじゃなくて白夜に……私たち人類の時代が来る! 長いホロゥとの戦いに終わりが見えるかもしれない!」


 百合花がアサルトを掲げた。

 切っ先をパンドゥーラへと向け、強い目で睨み付ける。


「覚悟しろパンドゥーラ! これからお前に挑むのは、お前を討ち滅ぼす戦乙女たちだ! お前を滅ぼすその時まで諦めない者たちだ! すべてを奪うお前でも奪えなかった力をその身で味わって死んでいけ!」


 夜が明ける。

 昇り始めた太陽が、ワルキューレたち全員の顔を優しく照らした。

 闘志に燃え、瞳に明日を映した戦乙女たちがアサルトを持つ手に力を込める。


「数多の英霊たちよ……私たちに力を貸して! これより、パンドゥーラ最終決戦作戦を始めます! 人類の力を見せつけて! 突撃!!」


 百合花が先頭で走り出した。

 百合花を追いかけるように全員が腹の底から叫びながら最後の戦いを始める。

 接近に気が付いたパンドゥーラが目を五つ分離させた。周辺のホロゥを操りながら百合花たちを迎撃する。

 百合花を追い抜いて凜風とサテリナが飛びだした。

 無数のホロゥたちを瞬時に蹴散らし、パンドゥーラの目と交戦を開始する。


「パンドゥーラの眼球は禍神とほぼ同格の強さです! 気をつけて!」

「オッケー問題ないし任された!」

你们两个,迅速拿下主力部队貴女たちは早く本体を倒して!」


 眼球二つは二人が抑えてくれているが、まだ眼球は三つ残っている。

 全員で展開して戦闘に入ろうかと思い、百合花が指示を出そうとしたところで人影が二つ飛びだした。

 香織と夢の二人が眼球へと素早く攻撃を仕掛けていく。


「香織ちゃん!? 夢様!?」

「行きなさい! 百合花さんたちは本体の撃破を!」

「こいつは御姉様の仇! 私に倒させてください!」


 足止めを受けた眼球二つの横をすり抜け、残った一つが突撃してくる。

 赤い光が輝き、ビーム攻撃の前兆だとしてそれを防ごうと杏華と綾埜、築紫の三人がリフレクトシールドを展開して百合花の前に滑り込む。

 が、ビームが放たれる直前に眼球の真下に潜り込んだ人物がそれを蹴り上げることで射線が空へとずれた。

 天へとビームを放出したパンドゥーラの眼球は、ビーム放出が終わると同時に横側をアサルトに貫かれた。


「咲さん! あやめさん!」

「足を止めるな西園寺百合花! パンドゥーラを倒すんでしょう!?」

「一番稼げる相手を譲ってあげるって言ってるの! 早く行きなさいよ!!」


 最後の眼球を足止めし、百合花たちを送り出してくれる咲とあやめ。

 苛立ったそれぞれの眼球が攻撃速度と威力を上げ、思わず足を止めそうになるが、再び強く大地を踏みしめて前へと進む。

 仲間を信じることを選んだ百合花の手を、樹が力強く引っ張った。


「ほら行くよ! あたしたちがさっさと倒せば全員無事だよ!」

「そうだね! 行こう!」


 後ろから聞こえてくる激しい戦闘音から遠ざかり、百合花たちはスカイツリーへと急ぐ。

 一刻も早く、この悪夢を終わらせるために。

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