第139話 死戦の前に

 凜風やサテリナたちを作戦本部へと案内し、休憩室のある区画へと移動した百合花。

 道中、通信機に最優先連絡事項の題名でメールが届いたために内容を確認する。


「パンドゥーラ撃滅最終作戦の開始時刻が正式に決定。明朝、夜明けと同時に攻撃を仕掛ける、か」


 いよいよだと気を引き締める。

 この戦いは日本の今後を、否、人類の存亡を賭けた一大作戦になることは予感できている。

 パンドゥーラを倒すことができなければ、人類は確実に滅亡する。仮に核で倒すことができるとしても、今後も同様の個体が出現するようになればその都度核を使用することになり、地球環境の激変による人類の滅亡が訪れる。

 この作戦でなんとしてもワルキューレの力でどんなホロゥも倒せることを証明しなければ、人類に未来はないのだ。

 人類史に残る分水嶺とでも言うべき場面に立っていることを自覚すると、自然と体が震えてくる。


「今は少しでも体を休めておかないと」


 わずかでもリリカルパワーを回復させて作戦に備える。

 そう思い、まずは食事でももらっておこうと食堂へと向かった。

 多くの者たちがブロック食糧を囓りながら資料と睨めっこをしている。それ以外にはスープを味わうように啜っている者も見かけたが、共通して言えることは空気が重いということ。

 誰もが近しい者を殺されている。絶対に許さないという復讐心が気配から伝わってくる。

 この場で食事をするのは精神衛生的にあまり好ましくないと判断し、給仕の職員からパンとスープと牛乳、そしてオレンジが載ったお盆を受け取り場所を移動する。

 建物を出て、どこがいいかと考えながら歩いていると、視界の端で大きく手を振る姿が見えた。


「百合花~! こっちこっち!」

「あ、樹」


 簡易机に食事のお盆を置いて百合花にアピールしている樹。

 せっかくだからとそちらの方へ歩いて行く。

 樹の隣に百合花が腰掛けると、彼女は食べかけだったパンを百合花の口へと押しつけた。


「んぐっ!」

「ほらほら! 腹を満たさないと戦えないよ」

「ん、く……自分の分があるわよ。もうっ」

「あはは~。ごめんって」


 ふざけすぎたことを笑って謝りつつ、視線を食堂の方へと向けている。


「百合花も逃げてきたの?」

「まぁ、そんなところかな」

「そっか。あたしもだよ」


 足を伸ばして牛乳を飲む。

 百合花もパンをちぎって口に運び、スープで柔らかくしてから飲み込んだ。


「気持ちは分かるけど、戦いたいと思うのなら空気も考えるべきだよね」

「かもしれない。でも、それを彼女たちに強いるのは少し酷だって事も分かってるんだけどね」

「まぁね。自衛隊はともかく、学園都市から派遣されたワルキューレは友達が死ぬなんて想像もできないよね」

「私たちみたいな特別な事情があるわけでもない。百合ヶ咲や聖蘭黒百合、高天原や桜島原のように激戦区でもなければなおさらね」

「激戦区と言っても百合ヶ咲以外では過去に一人二人の死者が出ちゃったくらいでしょ。一年に一人二人の死者が出る百合ヶ咲でも気分は沈んでるのに、他はね……」


 そこまで言って、二人とも頭を振る。避難先の空気も沈めてしまっては意味がない。

 どうにか話題を切り替えるため百合花から切り出した。


「そういえばさ。ゲイルスコグルとフリストの二人、かなり強そうだったよ」

「へぇ。やっぱりネームドワルキューレは格が違うね」

「私から見たら樹も同じくらい強そうだけどね」

「お世辞が上手いなぁ百合花は。褒めてもこれくらいしかでないぞー」


 樹が笑いながらオレンジを百合花の皿へと移した。

 百合花もいいよと笑いながらオレンジを樹に返し、二人で顔を突き合せて微笑む。


「ねぇ百合花。ここでなら……」


 百合花の手に自分の手を重ねながら樹が囁く。

 百合花も静かにこくりと頷き、身を乗り出した。

 命の危険を感じると人は本能的に子孫を残そうとするというのは本当なのだと、今この瞬間に自覚する。

 ゆっくりと近付く樹の唇に、そっと自らの唇を重ね合わせた。

 柔らかな感触が直接感じられ、しっとりとした感覚が残る。


「百合花ぁ」

「樹、ほら」


 服のボタンを外し、上着を脱がせて下着だけの姿にする。

 その後、自分も上の服を脱いで下着姿になると、両手を広げて迎え入れる樹と抱き合うように肌を重ねた。

 体温を直に感じて心が安らいでいく。

 服のポケットから転がり落ちたフノスの輝きが増し、力が蓄積されていくのが目に見えて分かる。

 互いに相手のブラジャーのホックに手をかけたところで月明かりを雲が隠した。

 机の上で揺らめくスープの表面が、二人の情事を映し出している。

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