第138話 好敵手
青い閃光がホロゥの体を穿ち、何体かを巻き込んで消滅させる。
アサルトの変形音が聞こえ、口に銃口をねじ込まれたホロゥが頭を吹き飛ばされて消滅した。
少女二人は同時に息を吐いて気持ちを整える。
「さすがですね杏華さん。聖蘭最強の乙女はやはりお強い」
「まぁね。我がサファイアライトニングが奏でるは、愛しき者たちへのセレナーデ」
「ちょっと何を言ってるかは分かりにくいですが……まだまだ私なんかじゃ届かない高みにいることは理解できます」
そう、髪をなびかせる杏華を宮子は憧れの目で見上げた。
二人がいる場所は秋葉原。
パンドゥーラとの戦闘に向け、少しでも体を動かしておこうと思い、こうしてホロゥの掃討に出撃しているのだ。
杏華がアサルトを地面に突き立て、持ってきた水を口に含む。
宮子もそれに続いて水を補給していると、先にペットボトルから口を離した杏華が視線を鋭くして倒壊したビル群の先を見る。
身に纏う雰囲気が変わったことを宮子も察して思わず真顔になる。
「ねぇ宮子。今からキツいこと言うけど、いい?」
「あ、それは、はい」
「そっ。じゃあ遠慮なく」
杏華が見ているものを顎で指す。
ビル群の向こう、ホロゥの軍勢の中で一人嵐のような戦闘をしている瑞菜がいる。
押し寄せるホロゥを次々なぎ払い、鬼神の如き姿で敵を葬っている。
しかし、その姿に勇敢さは微塵もなく、哀愁と無鉄砲さだけが背中から感じ取れる。
「気持ちは分かるけどあれをどうにかしてくれない? パンドゥーラとの本番であの調子で突っ込まれたら迷惑なんだけど」
「それは……はい、そうですね」
今の瑞菜は自分の命すら捨てる勢いで戦っている。
そのフォローのために余計な損失を生む結果となるのは、歴戦のワルキューレなら誰もが知るところだ。
普通のホロゥ相手であればそれでも上手く立ち回れるのかもしれない。しかし、今度の相手は数え切れないほどの犠牲を出して東京を壊滅させたパンドゥーラだ。
瑞菜一人のために多くのワルキューレを犠牲にするか、瑞菜を見殺しにするかの選択肢は必ずと言っていいほど訪れると思われ、その選択による心理的負担も考えると早めに手を打っておかなくてはならない。
意を決して宮子が動こうとしたとき、背後から響いた銃声が瑞菜に飛びかかろうとしていたホロゥを撃ち抜き、消滅させる。
「その役目、私がやってもいい?」
二人が振り返ると、そこには咲の姿があった。
「咲さん……?」
「……やれるの?」
「言いたいことは分かる。だからこそ私にやらせてほしい」
「……分かった。じゃあ、お願い。やっぱりこういう役目は信頼できる仲間よりもよき好敵手の方が魂を燃やしそうだしね」
「誰が好敵手よ」
悪態をつきながらも口元を緩ませて咲が瑞菜の元まで歩いて行く。
そして、周囲のホロゥを片付けて肩で荒い呼吸をしている彼女に向け、瓦礫の上から声を掛けた。
「ずいぶんと無様なものね瑞菜。今のその姿、ブロンズランクにも劣るんじゃないの」
「っ! 咲……言いますね……!」
挑発に怒った瑞菜がアサルトを構えて咲へと飛びかかる。
が、瑞菜の攻撃を目を閉じて躱した咲がすれ違った瞬間に右頬へと拳を振り抜いた。
鈍い音が聞こえて血が飛ぶ。
宮子が驚いて走り出そうとするも、それは杏華が制止する。視線で黙って見ていなさいと告げられては、宮子もそれ以上動けなかった。
「はい。これであんたは死んだ」
「……ベッドで震えて戦えなかったくせに、ずいぶんといい気なものですね」
「言うようになったじゃない。いつものあんたより今のあんたの方が個人的には好みよ」
キッと睨み付ける瑞菜の足を払い、転倒させてから首筋へとアサルトの刃を突きつける。
「あんたの言うとおり、私は震えて何もできなかった。でも、誰も傷つけていない」
「らしくないですね。高天原のやり方に忠実な貴女なら臆病だと罵りそうなものを」
「それは否定しないわ。私は確かに臆病の腰抜けだった。でも、今のあんたみたいに弱くない。必要外の犠牲は出さない」
「なんですって……!」
「これで、私がホロゥならあんたを二回殺してる。でも、現実はあんたを助けるために多くの仲間が駆けつけるわ。その中で私は何人殺せるんでしょうね?」
「……くっ」
「仇を取りたいのはあんただけじゃない。パンドゥーラ撃滅作戦に参加する誰もがきっと同じ。だからこそ冷静になりなさい」
アサルトを離し、踵を返して去る。
咲は杏華たちの隣にまで戻ってくると、宮子からペットボトルを奪って水を口に含んだ。
「これでいいのかしら?」
「最低限伝えたいことは伝えられたし。後は本人次第だね」
「あいつは嫌いだけど、ちゃんとそういうのは理解しているって分かるもの。大丈夫」
「やっぱりいい好敵手じゃん」
「うっさい厨二病」
「はぁ!? 模擬戦なら受けるけど!?」
暴れそうになる杏華を宮子が慌てて押しとどめた。
手をひらひら振って帰っていく咲。その顔には、自然と笑顔が浮かんでいた。
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