第132話 遺された者

 廃材が散乱した町で戦闘音が繰り返し響き渡っている。

 アサルトの変形機構が奏でる駆動音とホロゥの奇声が断続的に轟き、それに混じってお腹の底から振り絞った叫び声がこだましていた。

 サソリ型の小型ホロゥ、タイプスコーピオンが尾の毒針を突き出すも、根元から切り飛ばされて反撃の燕返しで頭を叩き割られる。

 存在に気が付いた中型のタイプウルフが吠えながら駆けてくるも、アサルトはすぐに射撃形態に変形されてレールガンの一撃がウルフの脳天を貫いた。

 周辺のホロゥを片付け、次のホロゥの一団へと向かおうとするエミリーのことを瑞菜が静止した。


「待ってくださいエミリー様。どちらに行くつもりですか」

「決まってるでしょ。あのパンドゥーラを私がぶち殺してやる……!」


 目にいっぱいの涙を溜めて殺意を剥き出しに口にした。

 アサルトを握る手には力がこもり、近くのユークリットと綾埜も心配そうに様子を見ている。


「遙花様を殺したあいつを私は絶対に許さない。地獄を見せて、報いを受けさせてやる……!」

「気持ちは分かります。しかし、落ち着いてください。この状況でエミリー様まで戦死するような事態になれば、聖蘭黒百合にとってどれほどの損害になるか……」

「うるさいっ! 他所の心配をしている場合? 人の命をなんとも思わないイズモ機関の息がかかった高天原はずいぶんと余裕なものね!」

「ちょ! エミリー様そんな言い方……」

「そうだよ。仲間なのに、どうしてそんなことを……」

「うるさいうるさい! 綾埜もユークリットも悔しくないの!? 遙花様を殺されてどうしてそんな風に平然としていられるのよ!」


 石材にアサルトを叩きつける。

 リリカルパワーを乗せた一撃だったために石材が砕け、破片が瑞菜の頬を傷つけた。


「気持ちは分かるなんて嘘ばかり! 私の気持ちなんて分からないくせに!」

「……たしかに、私にはエミリー様の気持ちは分かりません。エミリー様にとって、遙花様がどんな存在だったのかも、予想でしか分かりません」

「なら――!」

「ですが、大切な人を失う気持ちと、遺された者の気持ちは分かるつもりです。だからこそ、堪えて、確実な反撃の時を待ってほしいと思っています」

「何それ……何が言いたいのよ……!」


 エミリーが勢い任せに瑞菜の胸ぐらを掴んだ。

 だが、その瞬間に涙目になったユークリットがエミリーの頬を打つ。

 乾いた音が響き、頬を抑えたエミリーが座り込んだ。


「いい加減にしなさいよ。瑞菜ちゃんが言ってることが正しいわよ。遙花様があんたに死ねなんて願ってると思ってるの!?」

「ユークリットまで何よ……そもそもこいつが大切な人を失う辛さを分かるなんて言い出さなければ!」

「エミリー様。高天原の受けた被害をご存知ないんですか?」

「は?」

「高天原女学院は……瑞菜さんと咲さん、宮子さんを除いてあの場にいた全員が死亡しています。他の地区でも多大な犠牲が出て、出撃したワルキューレの八割が死亡したんですよ」

「は……八割……!? ほぼ全滅状態……それに……あの場にいた翼さんたちも……?」


 信じられないものを見る目で瑞菜を見る。

 服を直し、初めて百合ヶ咲学園の門を潜った時に撮った集合写真が入ったロケットを胸の前で握りしめながら、瑞菜がゆっくりと頷く。


「はい。心愛も翼様も望様も。皆パンドゥーラに殺されました」

「そんな……ごめんなさい……私……」

「いえ。私にとって翼様たち……心愛が特別だったように、いえ、それ以上にエミリー様にとって遙花様は大切な存在だったのでしょう。復讐したいという気持ちはよく分かります。ですが、これは彩花様から伺った言葉なのですが、聞いてもらえませんか?」

「御三家の? 何を言ってたの?」

「はい。亡くなってしまった人は、覚えている人がいる限りその人の中で生き続ける。故人を大切に思うのなら、自分が長く生き続けてその人のことを語り継いでいくことが救いになる、と」

「……」

「死を受け入れろ、慣れろとはとてもじゃないが言えません。しかし、受け止めて乗り越えることはできると思います。復讐するにしても自分が死んでしまっては、誰が遙花様のことを未来に繋げると言うんですか。どうか、今はまだ堪えてください。きっとすぐにチャンスはやって来ます」


 瑞菜の説得でエミリーが蹲って泣き始めた。

 途端に遙花を失った悲しみがまた襲ってきて、ユークリットと綾埜も咽び泣く。


「百合花さんや、杏華さんも無事で反撃の準備を進めているそうです。皆、多くの大切な人を失ったらしいですから、私たちと気持ちは同じはず。力を合わせて、パンドゥーラを滅ぼすんです」


 瑞菜が背を向けて歩き出す。

 肩を震わせながらゆっくりとした動きで歩き、拠点への道を進んでいく。

 その間、誰も瑞菜の顔を見ることはなかった。

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