第131話 響く慟哭
重い駆動音を響かせ、ブーストエンジンが火を噴く。
全力でハンマーを振り抜き、襲ってきた最後のホロゥを殲滅した。周囲に静寂が戻ってくる。
倒壊したビルの一角で、香織が膝を突いた。懐からこぼれ落ちたフノスの輝きはほとんどなく、これ以上の戦闘は困難を極める。
ふらついた足取りでビルの中に戻り、壁にもたれかかった。
「香織ちゃん! 大丈夫?」
「だい、じょうぶです……」
「それならいいんだけど……あ、これ食べて休んで」
そう言って、百合ヶ咲の二年生がチョコ菓子を差し出した。
ビルのオフィスに置かれていた物だが、緊急事態だから大目に見てほしいと頂き、この三日間飢えを凌いでいた生命線だ。
「私はいいです……それより、先輩こそこれを。昨日も何も食べてないじゃないですか……」
「私たちを守るために戦ってくれてる香織ちゃんが優先されるのは当たり前だよ。……私も、アサルトが壊れてなければ戦えるのに……」
悔しげに言った。
香織だけなら逃げることもできる。しかし、ここにいる者を見捨てることはできなかった。
香織と百合ヶ咲の二年生の他に、負傷した雪華高等学校のワルキューレが一人、同じく負傷した自衛隊の隊員が二人、一般市民が二人隠れている。この中でまともに戦うことができるのは香織だけだ。
この人数で無事は確保できず、隠れ続けることが最善だった。
しかし、食料が尽きかけている。さらに、これ以上は香織も戦えない。
一か八かの移動を考え始める。
と、壁となっていた瓦礫が崩落し、ホロゥの奇声が発せられた。大きな目がギロリと香織を捉える。
「大型ホロゥ……ッ!」
象のような大型のタイプエレファントが、巨大な鼻を振り上げた。
素早く香織がアサルトを手に取り、迎撃するがそれが最後の攻撃となった。
耐久の限界が近かったアサルトは、攻撃と同時に砕けてしまった。エレファントを倒すには至らない。
怒ったエレファントが素早く態勢を立て直し、香織を鼻で捕らえて投げ捨てた。
壁に打ち付けられ、倒れたところに歩いていき、足を上げて踏み潰そうとしている。
死を前にして、目から涙が零れる。
(御姉様ごめんなさい……っ! さようなら……っ)
硬く目をつぶり、死に備える。
……が、何も起きない。
ゆっくりと目を開けると、エレファントの両足が切り飛ばされていた。
そして、エレファントの頭に登り、近距離から射撃を叩き込むワルキューレと、香織を守るように立ち塞がる大切な人の姿があった。
「御姉様!」
「よく頑張ったわね香織!」
「トドメ! 死者は出さないって百合花ちゃんに約束したからね! くたばりなさい!」
エレファントにトドメを刺し、優雅に降りてきたのは三奈だ。
いつの間にか、救助隊のワルキューレたちが負傷者たちの搬送準備を整えていた。
感極まった香織が葵に抱きつく。
「御姉様……っ! 御姉様!」
「無事でよかった。よく頑張ったね」
「はいっ。ありがとうございます……っ」
感動の再会。
微笑ましく眺めていたが、三奈は顔色を変えてアサルトを持ち直した。
「空気を読んでくれないかな……」
「三奈様?」
「パンドゥーラが動いた……!」
エレファントとの戦闘で、危険人物がいると探知された。
咆哮が轟き、目の一つだけが分離して三奈たちがいる場所に向かってくる。
「私が引きつける! その隙に撤退!」
「「「了解!」」」
「三奈様、私も」
「御姉様!?」
「葵さん? 馬鹿なことを言うんじゃない! せっかく香織ちゃんを助けたのに……!」
「だからこそです! 香織が安全に帰れるように戦わないと!」
完全に覚悟を決めた目だった。
泣きながら必死に首を振る香織に、葵は優しい目を向けた。互いに泣いて額を合わせる。
「大丈夫。すぐに追いかけるから」
「本当ですか?」
「私、香織に嘘ついたことはないよ?」
「そうですけど……そうだけど!」
「お願い。信じて」
葵のその言葉に、香織は震えながら頷いた。
自衛隊のワルキューレに任せ、アサルトを持つ。
「三奈様、行きましょう」
「……香織ちゃん。約束するわ。葵さんは絶対に帰してあげるから」
「お二人とも……気をつけて」
「「「ご武運を!!」」」
頷き、三奈と葵がビルから飛びだした。
パンドゥーラの目が二人を追いかけ始める。赤いビーム攻撃が放たれ、爆発が連続した。
パンドゥーラの注意を惹いている間に残りの面々が脱出を始める。
極度の疲労で眠気を感じていた香織が目を閉じた。しかし、意識を手放す寸前、嫌な予感が体中を駆け巡る。
それでも疲労に抗えず、気が付いたときには眠りに落ちていたのだった。
◆◆◆◆◆
次に目を覚ますと、そこは病室だった。
ベッドの横には、百合花と静香が立っている。
「あ、目が覚めましたか!?」
「香織ちゃん……無事でよかった……!」
「……御姉様、は……」
弱々しく問いかける。
途端に百合花も静香も暗い顔をした。顔を逸らし、視線を背けたことで香織の顔が青ざめる。
「冗談、だよね? だって御姉様……」
隣のベッドからすすり泣く声が聞こえる。
震えながらそちらを見ると、ボロボロの姿になった三奈が泣きながら神子に手を握られていた。
「三奈のせいじゃない。パンドゥーラが強すぎただけ。あんな攻撃、予想できるはずがない」
「でも、約束、したのに……」
世界から色が失われたような感覚だった。嘘だと信じたかった。
三奈が力なく手を伸ばし、赤く染まった布にくるまれたものを香織に渡す。
「ごめんなさい……これしか……取り返せなかった……」
くるまれていたのは、アサルトのコアと折れた刀身。そして、香織をいつも優しく撫でてくれていた――、
「ぃ……や……おねえ……さま……なんで……うそ……つかない、ってぇ……」
堪えきれなくなった涙がポロポロと零れてくる。
唇を結び、我慢しようとするが無理だった。ダムが決壊したように、想いと涙が溢れ出す。
「やくそく、したのに……おねえさま……ばか……ばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
悲痛な慟哭が夕暮れの病院に響き渡った。
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