第118話 御三家との確執

 作戦開始時刻は十五時ちょうどと決まった。

 それまでは、激戦区で戦っていた百合花たちのようなワルキューレには休息の時間が与えられ、新型ホロゥを相手に万全のコンディションで挑めるように余裕が与えられる。

 なおも出現を続ける新たなホロゥには、自衛隊や各学園都市のワルキューレが断続的に攻撃を仕掛けて自衛隊による一点突破の短時間処理が可能な個体数で押しとどめていた。

 幸い、現時点で日本全域のホロゥ出現ポイントは東京二十三区内のみで押さえられている。各地の自衛隊基地に最低限の戦力を残してワルキューレを東京に招集し、さらには各学園都市も追加の増員を行っているために戦力的には意外と余裕があった。

 しかし、それでも決して楽な戦いとはいかない。

 西日本のワルキューレを総動員して夥しい犠牲者を出した琵琶湖血戦の前例がある。今回はあの時よりもホロゥの出現数は格段に多く、動員されたワルキューレも日本全域どころか在日アメリカ軍基地からも数名が参戦している。

 まだ民間人も含めた死者は報告された限り二十数名で済んでいるが、この先どう転ぶかは分からなかった。

 そのような現状を確認しながら、百合花は支給されたブロック食糧を囓っている。

 美味しくなければリリカルパワーの回復に使えないと、樹の母が自衛隊のワルキューレ部隊を率いていたときにごねたおかげで味はほどよい感じになっている。しかし、新型ホロゥのことを考えると不安が募ってわずかに回復量が落ちる悪影響が出ていた。

 口の中の食糧を不安と一緒に押し流そうと一気に水を流し込む。

 口内がスッキリして、たまったものを吐き出すように息をすると隣にドンと穏やかではない座り方をされる。


「西園寺百合花。少し、聞きたいことがある」

「……咲さん? 何かな?」


 百合花の隣に座ったのは高天原女学院の佐藤咲だった。

 杠葉を失い、まだ悲しみを宿す瞳をしていたが、それでも怒りを感じさせる目で百合花のことをジッと見つめている。


「八年前、中国地方に西園寺と九條が遠征に出ていたはず。その時の西園寺家の当主は誰だったの?」

「当主はずっと変わらずお母さんだよ。でも、八年前に中国地方に遠征で行ってたのはお姉ちゃん」

「……そう、か。じゃあお前は何か聞いてるの? あの時、高天原女学院から支援要請を受けていたのにそれを無視して引き返した理由を!」


 ヒートアップする咲に、周囲の人も何事かと集まってきた。

 百合花は当然そのような話は聞いていないし、信じられもしない。

 神子が救援依頼を無視して引き返すなどあり得ない。間に合わないと分かっても向かおうとするはずなのに何かの間違いかと思った。

 とにかく神子が悪く言われないように否定しようと百合花が口を開こうとすると、それを遮るように声がした。


「美岳家は反イズモ機関の派閥を毛嫌いしていた。だから、日本における反イズモ機関の中心的存在の百合ヶ咲学園と関係があって、反イズモ機関の筆頭といっても過言じゃない西園寺家に支援要請なんて出すはずがない。絶対にどこかで握りつぶしてるわよそんなもの」


 咲が鋭い目つきで声の人物を睨むと、そこには肩をすくめる彩花と困ったような表情を浮かべる神子の姿があった。

 彩花は、今自分が言ったことが正しいことを確認するために視線を神子に移す。


「そうですよね? 八年前、恐らく神子様は高天原からの支援要請なんて受け取ってないはず」

「え、ええ。何も連絡がなかったから予定の遠征を終えて京都に帰ったんだけど……」

「は……そんな……」

「他所に支援要請は出さず、最大戦果を求めてホロゥを一カ所に集め自分たちの手で包囲殲滅。ワルキューレ以外がどうなろうが知ったことじゃない。美岳の常套手段ね。一人娘の茜は私が殺したから、もうそんな戦いをする家は残ってないと思うけど」


 それを聞いて、咲は俯いてしまった。

 どうするのが正解か分からず、百合花が戸惑いあたふたする前で咲の肩が震え始める。


「じゃあ……私は、どこに怒りをぶつければ……」


 呟く声を彩花はしっかりと拾っていた。

 近くの木の枝を拾い、咲に持たせるとその先端を自分の胸へと押し当てる。


「肉親を奪われた人はその怒りを原動力にホロゥと戦っている。咲さんもそうすればいい。でも、それでもまだ憎しみが消えないというのなら、その時私に襲いかかればいい」

「彩花様……」

「いいの百合花ちゃん。あんな化け物みたいな思想を生み出した城ヶ崎の責任でもあるから」


 咲が木の枝をへし折った。

 俯いたまま立ち上がり、百合花たちから離れて歩いていく。


「……逃げないでよ」

「え?」

「これでも私はグランドマスター。御三家だからって油断してると、すぐに地べたを這いつくばることになるんだから」


 ふん、と鼻を鳴らして去っていった。

 とりあえずは戦う目的を見失わずに済んだことに安堵して彩花も別の場所へ移動する。

 残された神子と百合花は、顔を見合わせて戦友たちの選択に胸をなで下ろす。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る