第117話 厄災は進化する

 自衛隊の最前線司令部と百合ヶ咲学園の司令部が併設された自衛隊の施設に帰還した百合花たち。

 既に連絡を受け、彩葉や葵たちも持ち場を離れてここに帰還している。

 移動中にあやめが連絡していたことで、近くの拠点からイズモ機関の救護部隊が自衛隊施設にて待機しており、沙友理を搬送してあやめも一緒に連れ帰っていった。

 去り際にあやめから感謝の言葉を聞いて百合花たちが彼女を送り出す。

 静香も瑞菜も心配そうにその様子を見ていたが、ここで神子が周囲の異変に気が付く。


「妙ね……人が多いし、動きも慌ただしい」


 東京が襲われている緊急事態ではあるのだが、それにしても人の動きに違和感が感じられた。

 自衛隊と百合ヶ咲だけでなく、離れた場所に司令部を構える他の学園の司令部要員も配線を抱えて右往左往していた。

 何か、大変なことが起きている。

 その異常事態について知るために動き出そうとすると、事情に詳しそうな人物が彩花の視界に映った。

 その人物――アイリーンが自衛隊の分析官と共にパソコンを用意していて、動きが落ち着いた頃合いを見計らって百合花と彩花が声を掛けた。


「アイリーン様。何かあったんですか?」

「ずいぶんと動きが大きいようだけど。どうしたの?」

「百合花ちゃん! 彩花! もう大変よ! だって……」


 アイリーンが詳細を話そうとしたその時だった。

 各地からの情報をまとめていた自衛官の一人が通信機を投げ捨てるようにして叫んだ。


「偵察任務中のヘリより映像受信! モニターに映します!」


 大モニターの映像が切り替わった。

 そこに映し出されたものを見て、百合花たちが言葉を失う。


「え……なに、あれ……」

「巨大な……繭……?」


 墨田区を象徴する東京スカイツリー。その展望台にあるはずのないものがそこにはあった。

 とてつもなく巨大な繭のような金属の塊が展望台に張り付いている。繭は不気味に輝き、ゆっくりとした点滅を繰り返していた。その光に合わせるように心臓の拍動のような音が聞こえてくる。

 計器観測の結果、拍動に合わせて電磁パルスも放出されているのが確認された。周囲に近付けば電子機器に異常をきたす。

 ホロゥなどという存在がいる世界で何を言うかと言われるかもしれないが、あまりにも現実離れした光景に誰も理解が追いついていない。


「往年の怪獣映画みたい。蛾とか出てこないでしょうね」


 神子が映像の繭を睨むようにしてそう口にした。

 百合花はアイリーンに視線を戻す。


「あれの正体は分かってるんですか?」

「えっと……それがねぇ……」


 信じられない、とでも言いたげな表情のアイリーンに百合花が首を傾げる。

 しばらくして、何度も確認した結果やはり事実なのだろうと思い、観念したアイリーンが現時点での情報を公開する。


「あの繭から出ている反応は、さっきまで百合花ちゃんたちが交戦していたあのクリオネ型ホロゥとまったく同じもの。つまり、あいつは報告された腕のある形態に留まらず、あの繭の形態へとさらに進化したことになるね」

「そんな……!」


 何もかもが既知のホロゥから逸脱した新型を前に、ただただ混乱が広がっていく。

 その形態からこれで終わるなど考えられず、だとするならば――、


「完全変態」


 瑞菜がボソリと呟いた。


「幼虫から蛹となり、そして成虫へと変化する。もしこの完全変態の流れをあのホロゥも汲んでいるとするならば……」

「でも、あいつは最初の形態がクリオネ、次にオタマジャクシですよ。蚕とは全く別物の形態変化を辿っていますし……」

「ホロゥの生態は完全に謎に包まれている。どんな変化を起こしても不思議じゃない」

「静香ちゃんの言った流れそのままで考えるなら、次は蛙かそれに近い姿になりそうだけどどうなんだろうね」


 様々な意見が飛び交うが、誰もが同じ結論に至っていた。

 ホロゥの形態変化がどうであれ、繭という姿になった以上は必ずもう一段階は形態変化を引き起こす。

 これまでの戦闘能力の向上具合から、あの繭から先のステージに至らせてはいけないというのは当然の考えだ。

 ならば、対処手段はたった一つのみである。

 神子の端末に着信があり、通信を聞いた神子が待機していた自衛隊のワルキューレを集めた。


「皆聞いて。統幕長より新たな命令。あの繭型ホロゥに総攻撃を仕掛け、中からホロゥが出てくる前に殲滅します」


 近くで聞いていた百合花たちも息を呑んだ。

 絶対に羽化させないという強い決意が神子の言葉からは伝わってくる。

 神子は、自衛隊のワルキューレたちに作戦目標を伝えると、次に杏華と聖蘭黒百合学園の司令官へと頭を下げた。


「聖蘭の方々に協力要請を。防衛省からも正式に要請が行くと思いますが、ラグナロクチェインでしかあの繭は破壊できない。北欧神の名を冠する弾丸を使って撃滅してほしいと、統幕長も」

「……そこまで、ですか」

「はい。どうかお願いします」


 一瞬の沈黙が流れ、聖蘭の司令官が携帯を取りだした。

 連絡先は聖蘭の司令本部だ。


「終末の時が来ました。ミズガルムに仇なす外敵に向け、神の戦槌を振り下ろす時です」


 話の内容は分かりにくいが、要約すると要請通りにホロゥへの攻撃を仕掛けるということである。

 自衛隊が先陣を切り、聖蘭のワルキューレを護衛してトドメを彼女たちに任せる。

 それが、自衛隊が立案した作戦だった。

 そのための準備を進めるが、現実はそう上手く事が運ばないと非情にも教え込まれる。

 東京中に重く低い不気味な笛の音色が響き渡った。


「っ! ヘイムダルの角笛です!」

「スカイツリー周辺にホロゥの反応多数!」


 ホロゥ出現を警告するヘイムダルの角笛が鳴り響いている。

 レーダーに表示される無数の赤い斑点は、すべてがホロゥの反応だ。

 ヘリからも慌てるような声が聞こえてくる。


『こちらU-6! ホロゥ出現の渦を無数に確認! くそっ! 空中戦タイプもたくさんいて……対空攻撃能力があるやつまでぐわああぁぁぁぁぁ!』

「どうしました!? 応答願います!」


 司令室から必死に呼びかけるも、モニターには赤く『LOST』の文字が点滅していた。

 出現したホロゥの解析情報が伝えられ、司令部の人員に動揺が広がっていく。


「タイラント種が推定で三十九体……!? 禁忌指定種がいないのは幸いですけど、朱雀が二体も出たんじゃ……」

「大型や超大型も出現している。これは……」

「ホロゥの数は依然増大中! 止まりません!」


 ヘイムダルの角笛はいまだに鳴り止む気配を見せない。

 緊急事態がいくつも重なり、百合花たちにさらなる試練として容赦なく襲いかかっていく。

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