学園都市の戦乙女

第116話 一筋の光

　傷の治療は終えたが、かなり力を使ってしまった。

　懐からフノスを取りだして確認すると、今にも消えそうなくらい弱々しい輝きを放っている。枯渇するのも時間の問題だった。

　リリカルパワーが失われるとシールドもリジェネレーターも使えない。そんな状態でこのホロゥの攻撃を受けると死に直結する。

　ここは一度退くしかないのだが、沙友理を抱えて離脱するとなるとずいぶん厳しい状態だった。そうでなくとも逃げられるような隙が見当たらない。

　ホロゥの凪ぎが再び放たれ、回避に失敗した千代の太ももを触手が抉った。

　バランスを崩して転倒したところを、ホロゥは先に倒していた桃ノ木学園のワルキューレたちが使っていたアサルトを拾い上げ、一気に投げつけてくる。

「千代！！」

　樹が飛び込み、千代を抱えて攻撃を回避した。

　瓦礫にぶつかったアサルトが砕け、部品が周囲に散る。制御の要であるコアが粉々に砕ける瞬間を見て百合花にどうしようもない怒りが湧くが、今の自分ではこの怒りに相当する打撃を与えられないことは分かっている。

　ホロゥが触手を引っ込め、攻撃の前兆動作を見せて――、

「く……っ！」

「……え？」

　百合花たちとホロゥの間に小さな筒のようなものが投げ込まれた。

　その正体を瞬時に把握した百合花が咄嗟に目を閉じ、わずかに遅れて気づいた数人が顔を覆った瞬間、筒は砕けて周囲に眩い閃光が放たれた。

　光の直撃を受けて視界が一時的に奪われたホロゥが再びあの甲高い咆哮を轟かせる。

　その直後、ホロゥの背中に無数の弾丸が浴びせられた。

「よくも百合花をやってくれたわね！　お台場でのお返しもここでしてあげる！！」

　アサルトを重機関銃形態に変形させ、ホロゥへ射撃を浴びせる人物の姿を見た百合花が表情を明るくさせた。

「お姉ちゃん！」

「お待たせ百合花！　後は私たちに任せなさい！」

「たち？」

　百合花が疑問を口にした直後、ホロゥの顔で凄まじい爆発が起きる。

　痛みでのたうち回るホロゥに向け、さらに攻撃が連続して体中で爆発が発生した。

「はーっはっはっは！　レールガンの弾速に耐えられる爆裂弾の味はどうだ！」

「ビル程度なら容易く倒壊させる鉄槌を受けてみなさい！」

　神子に続き、聖蘭のワルキューレたちがホロゥの射程外とレールガンの射程内ギリギリの位置に布陣して砲撃を繰り返した。

　いかに頑強なホロゥの装甲といえど、こうも連続してレールガンの直撃を受けると無事では済まない。脆い一部では亀裂が生じ始めていた。

　たまらずに触手の何本かを犠牲にして衝撃を和らげ、素早く離脱を試みる。

　が、弾丸の嵐から抜け出した直後にホロゥの右腕の中間を青い閃光が貫いた。

　人で言うところの肘から先が切断され、切断面を押さえながら憎しみを感じさせる雰囲気で攻撃の主を睨み付けている。

「これがブルーライトニングッ！！　プロードバレットは耐えられてもこれは耐えられないようね！！」

　放電を繰り返すアサルトを構え、杏華が挑発のために中指を立てて見せた。

「逃がさないで！　包囲からの一斉射撃！　その合間にラグナロクチェイン始めるよ！」

「「「了解！！」」」

　杏華が対ホロゥ用の特殊弾丸を装填した。

　アサルトが力に溢れ、杏華の体が輝き始める。

「前回はスルトバレットに耐えてくれたようだけど、今度はそうはいかないわ！　ムスペルバレットで消し飛ばしてやる！」

　杏華が近くにいた聖蘭のワルキューレに向けて弾丸を放つ。

　射撃を受ける直前にそのワルキューレがアサルトの形態を盾に変形させた。

　飛び道具を角度に応じて弾き返すリフレクトシールドが展開され、杏華から放たれた弾丸を別のワルキューレへ撃ち返す。

　これをホロゥを包囲する円形陣で繰り返した。撃ち返される度に弾丸の威力と輝きが増していく。

　危険だと判断したホロゥが弾丸を防ごうと触手を伸ばすが、球に触れた瞬間に触手が砕け散った。

　痛みに動揺する仕草を見せると同時に、嘲笑うような笑いがホロゥの口から漏れた。

　が、それを逆に嘲笑うような顔をした綾埜が弾丸を受け取り、射角をホロゥに合わせる。

　問題なく弾丸を受け取った綾埜にホロゥが怯んで後退した。

「ばーか！　逃がさない！」

　そして、盾を弾くように動かして弾丸をホロゥへと撃ち放った。

　咄嗟に体の正面で触手を重ねて防御するが、弾丸は触手群を呆気なく打ち砕いて襲いかかった。。

　一瞬の輝きと共に、キノコ雲を伴う巨大な爆発が東京のど真ん中で炸裂する。

　姿勢を低くして衝撃と破片に備える百合花たち。やがて、爆発が収まるとゆっくりと顔を上げた。

　爆心地には砕けた触手が消滅していくもの以外は何も残っておらず、ホロゥのあの巨体は確認できない。

「仕留めたの？」

　百合花の問いに、杏華が地面を目を細めて見ながら呟いた。

「化け物め。多分、逃げられた」

　焦げた地面と同化して分かりにくかったが、地面にはホロゥが通れそうなほどの穴が開けられていた。地下に潜り、撃破を回避したと考えられる。

「そんな……」

「でも、ムスペルバレットなら倒されると判断したから逃げたんでしょ。次は確実に屠る」

　何はともあれ、これで撤退ができる。

　沙友理をあやめが抱え、百合花たちは神子を先頭に一度司令部と補給施設へ撤退することにした。