第115話 増幅する悪夢

 何が起きたのか理解できなかったのは百合花たちも同じだった。

 腹部を貫かれた杠葉が大量に吐血する。

 触手は先端が広がり、引っ込むと同時に杠葉を連れ去っていった。

 そして、姿を現した触手の主に全員が怒りを滲ませる。


「ここでお前が出てくるのか……っ!」

「杠葉様を……よくも……!」

「許せない……許せません!」

「この……ッ! クリオネ型!」


 そこにいたのは、鎌倉で夢たちが交戦したあの元クリオネ型の新型ホロゥだった。

 記録映像で見たときよりもさらに体格がゴツくなり、相変わらずクリオネとオタマジャクシを掛け合わせたような不気味な造形だったが、頭の触手はさらに数を増やしている。

 ホロゥは気味の悪い奇声を発し、そして自らの頭をさらに裂いた。

 涎のような粘性の気持ち悪い液体が周囲に飛び、触手に貫かれている杠葉の顔が恐怖に歪む。


「ま、待て……待って……」


 震える杠葉の声など無視して、ホロゥは彼女を頭から口に放り込み、勢いよく噛み砕いた。

 全身の骨が砕け、臓器が潰れる嫌な音が響き渡り、咀嚼の度に肉片が飛び散る。

 あまりの光景に静香がその場で蹲って吐瀉した。千代と翼が顔を青ざめさせて後ろへ下がった。

 咲が震えてその場に座り込み、ホロゥはそこへ触手を突き出してくる。


「させるかっての!」


 あやめが飛びだして触手に斬撃を加えた。

 が、攻撃が当たった瞬間にあやめが驚きに目を見開いた。


「嘘でしょ!? デュアルアサルトを使っていたのに切断できないわけ!?」


 能力を使ったあやめの斬撃は凄まじい威力を発揮する。

 アクセルボルト込みでバルムンクの体を容易く破壊したが、それ抜きでもタイラント種程度であれば難なく砕くことができる威力が出るほどなのだ。

 それを、このホロゥは耐えて見せた。

 あり得ない防御力に咄嗟のことで撃破を諦め、あやめが咲を抱えて離脱した。

 二人の撤退を支援するように百合花と彩花が飛びだして迎撃にあたる。

 樹も踏み出そうとするのだが、足が言うことを聞かなかった。


(そんな……ハデス以上の脅威……)


 直感で感じ取る。

 あのホロゥはヤバい、と、それしか言えなかった。

 ホロゥが触手を凪ぎ、百合花と彩花の横腹に攻撃が叩き込まれた。

 彩花の方はまだ浅い角度だったために傷は深くないが、百合花への一撃は相当深く入ってしまっている。

 肋骨が砕けて内臓に突き刺さり、血を吐きながら吹き飛ばされる百合花を瑞菜が素早く受け止めた。

 地面でバウンドした彩花を沙友理が止める。


「百合花さん!? しっかりしてください百合花さん!」

「だい、じょうぶ……この程度……」


 すぐにリジェネレーターによる再生が始まるが、激痛に顔が歪む。

 追撃を警戒して百合花を守ろうと沙友理とあやめ、千代がホロゥの前へ立ちはだかるが、恐れていた追撃は飛んでこなかった。

 代わりに、さらなる恐怖が襲いかかってきたのだが。

 ホロゥが体を震わせる。

 ボコボコと金属が溶けたように波打つと、体の左右に極太の腕が生えてきた。

 口の数も増え、ギリギリクリオネの要素とオタマジャクシの成体直前の要素を残した異形の姿へと変貌した。


「進化しやがった!」

「進化するホロゥとか初耳なんだけど!?」

「威圧感も増して……なッ!?」


 ホロゥはさらに体を震わせ、全身の口を大きく開いた。


――ホオオォォォォォォォォッ!!


 これまで聞いたことがないような咆哮が市街に轟いた。

 鼓膜を引き裂くような甲高い周波数に、あやめたちが耳を塞ぐ。

 その隙を射貫くようにしてホロゥが触手を突き出してきた。

 その速度は桁違いに上がっており、防御は間に合わない。


「あ、まず……」

「あやめ!」


 沙友理があやめを抱えて転がった。だが、完全に回避できたわけではない。

 地面に倒れると、頭上から粉々になった沙友理のアサルトが破片として降り注いだ。わずかに血の雨も降ってくる。


「ぐ、があああぁぁぁぁぁぁっ!!」


 片腕を押さえてのたうち回る沙友理の姿は異常だ。慌てたあやめが容態を確認しようとして、そして言葉を失った。

 沙友理の右腕は肘から先がなくなっていたのだ。夥しい出血が瓦礫を赤く染め変えていく。

 触手にくるんだ沙友理の右腕を挑発するように弄んだホロゥは、口へと放り込み噛み砕くと、ゲップするような仕草を見せる。


「は、ははは……何こいつ……強すぎだって……」

「樹様! 推定危険度は禍神以上です! 逃げてください!」

「百合花! 走れる!? 逃げよう!」

「全員逃げて……! 殺されるわよ……っ」


 決して視線を外さずにゆっくりと後退を試みる。

 ホロゥは真っ先に千代をターゲットに捉え、殺そうと触手を放とうとして、そして背後から攻撃を受けて体勢を崩した。


「え?」

「あれは!」


 複数のワルキューレたちがホロゥに向かって攻撃しようとしているのが見えた。

 彼女たちが身に着けている衣装は甲州桃ノ木学園の制服。まだ学生のワルキューレたちだった。


「百合ヶ咲の方々! 高天原の方々! 共闘します!」

「負傷者は下がってください! 私たちが穴埋めに入ります!」

「初めて見る個体だけど……私たちならいける!」


 百合ヶ咲の基準に当てはめても見事なチームワークで陣形を組み、ホロゥへと走り込んでいくのだが、百合ヶ咲基準で見事という程度ではあのホロゥには通じないと百合花は分かっている。

 犠牲を避けるために警告を飛ばそうとするが、ホロゥはそれよりもなお早かった。

 口を開き、体を大きく回すとその一瞬で先頭を走っていた二人の頭が食いちぎられた。

 頭を失って倒れる遺体を素早く回収して力任せに握りつぶし、球のようにすると今度は背後へ回り込もうとしていたワルキューレへと投げつける。

 仲間の遺体で作られた肉玉をぶつけられたワルキューレは吹き飛ばされ、直後に無数の触手に叩き潰されて瓦礫に血肉と内臓がぶちまけられる。

 刹那の時間で仲間たちが皆殺しにされて怯んだ最後の三人は触手で首を絞めて拘束し、一人ずつ仲間が見ている前で即死しない部位から食べ始める。


「やああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「いたい! いたいぃぃぃぃ!!」

「助けて! やだ! いやああぁぁぁぁぁ!!」


 明確な知性を感じさせる残虐極まりないホロゥ。

 何もかもがこれまでと違うこの新手のホロゥを前にして、ただただ震えることしかできなかった。

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