第114話 罪と懺悔
腕を失った側の肩を押さえ、杠葉が悔しそうに呻いていた。
念のために攻撃が届かないギリギリの場所で立ち、苦しむ杠葉を見ていた百合花が悲しい瞳を浮かべる。
その横に立つ彩花の、その後ろから沙友理が歩いてきて冷たく言い放った。
「終わりだな鬼頭杠葉。貴様は、片腕を失いワルキューレとしてもう戦えなくなったばかりか、その刃をワルキューレへと向けた。重い罰が下されることだろう。おとなしく罪を償うんだな」
「くっ……私ガ……まダトどかズニ……負けたダと……!」
「貴様の負けだ。どう足掻こうと現実は変わらない」
「ふザケルな……ワタシは……まだ……」
認められないとばかりに頭を振っている。
その杠葉に、百合花は目の前で両手を突いて深く頭を下げた。
「本当にごめんなさい。私が取返しの付かないことをしてしまって、それで杠葉様が怒っているのは分かっています」
「……さいオン寺ユリ花……!」
「許してください、なんて私の口からはとても言えない。でも、それでも杠葉様に聞いてほしいことがあります」
わずかに頭を上げ、少し杠葉に近付いた。
そこはもう杠葉の攻撃圏内。まだ生きている腕を振るえば百合花の頭は呆気なく砕かれてしまう。
すぐに防御に動けるように樹がアサルトを構えるが、それを心配ないと遮った。
杠葉も、絶好の機会だというのに腕をほんのわずかも動かさないでいた。
「言い訳でしかないけど、私は琵琶湖でリリカルバーストを暴走させて大勢を殺しました。それはどんな事情があっても許されることじゃない。その罪は、未来永劫私が背負って死んだ後は地獄で懺悔し続けます」
けれど、と強い意志を宿した百合花の瞳を見て、杠葉が口を半開きに開けた。
「どうか、私がワルキューレとして戦い続けることができる間だけ、見逃してくれませんか? 血に濡れた大罪人の私だけど、少しでも多くのホロゥを倒して、ほんの少しでも人類のために働いてから、殺されたいんです」
「……」
「自分勝手だとは分かっています。でも、どうか……」
百合花が言い終えた瞬間に杠葉が腕を振り上げた。
咄嗟に樹もあやめもトドメを刺そうと動き出そうとするが、沙友理と瑞菜が二人を制止した。
杠葉は力いっぱい地面を殴りつけ、そして目から大粒の涙をこぼしていた。
「……令佳は、ホロゥが存ザイシない世カイを夢見ていた」
「令佳様。それが……」
「そウダ。……忘れるな。貴様が引退すルトきにホロゥが全滅していれば、カンがえてやる」
チャンスをくれた杠葉に、百合花が深く頭を下げた。
それと入れ替わるように彩花が前へと歩み出る。
「杠葉さん。私は、貴女の誤解を解きたいし、その心当たりと私の罪を告白する用意もある」
「罪、だと? やはり貴様……」
「違う。思い出したことがあるの。舞鶴と、それから……」
彩花が視線を後方で戦いをずっと見ていた咲に向けた。
咲は彩花を睨んでいたが、視線が交錯するとその目に込められたメッセージのようなものを読み取って表情をわずかにゆるませる。
「信じるか信じないかは好きにしていい。……私の三つ年上の分家のワルキューレがいて、そいつが酷いものだった」
「何ヲ……」
「城ヶ崎の名を騙り、民間人を巻き込んだ範囲殲滅、自分よりも力のない者を利用した肉壁、どさくさに紛れた略奪。どれも許せるものじゃない」
咲も杠葉もまさかと目を見開く。
「だから、杠葉さんの従兄を盾にしたのは、そいつなんじゃないかと私は思う。そして、あまりにも非道な行いに我慢ができなかった私は……舞鶴でそいつを背後から撃ち殺した」
彩花の告白に空気が凍り付いた。
杠葉だけでなく百合花や樹たちも驚きで声を失い、そして杠葉が自分の手に視線を落とした。
改めて彩花が深く頭を下げる。
「でも、分家とは言え城ヶ崎の人間が貴女を傷つけたことは事実。そのことについては本当に申し訳ないと思っています」
杠葉の腹部から金属の崩壊が始まった。
砕けた金属の向こう側には、元の綺麗な杠葉の肌が見え始めている。
咲が杠葉の手を取り、ゆっくりと立ち上がらせようとしていた。
「杠葉様。私もまだ城ヶ崎は許せない。だからこそ別の方法で復讐しましょう」
「……でも、私は……」
「杠葉様。私が言えたことではないですが、まずは生きてください。それから、私に罰を下してほしいんです」
「幸い私たちには誰一人死者が出ていない。この場の全員が黙っていれば解決だよ」
彩花が沙友理とあやめを見た。
「多分静香ちゃんたちは黙っていてくれるけど、貴女たちはどう?」
「ふん。貴様らがそれでいいのなら私は何も言わないさ」
「これだけ苦労してただ働きとかあり得ないんだけど~。ハデスとの戦闘映像は録画してるから、ハデスと同一個体が出現して撃破したって口裏合わせてよね。あやめの活躍がすごかったって証言してくれるなら黙っててあげる」
空気をイマイチ読めていないあやめに沙友理が拳骨を落とすが、これで杠葉への追及はほとんどなくなる。
「いいのか? 私は……」
「私たちがいいと言ってるんです。今はこの東京での戦いを終わらせましょう」
「そう、か。すまない。ありがとう。西園寺……」
その瞬間だった。
ドンッ、と重い音と衝撃が杠葉を襲い、近くにいた咲の顔に血が飛んだ。
一瞬のことで何が起きたのか分からず、杠葉が視線を自分の腹部へと移動させた。
そこには、ハデスの破片を突き刺し、腹部を貫いている血に濡れた金属の触手が生えているのだった。
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