第113話 突破口
ハデスの攻撃は夜叉よりも遅い。あの速度での攻撃に対応できた百合花にとって、一撃ももらわないことはそう難しくなかった。
しかし、掠りでもすると死に直結するとなると、無意識のうちに体が強張り反応が遅れる。決定的なあと一歩の踏み込みにも躊躇が出てきてしまっていた。
そのせいで、ハデスとは互角の攻防で留まってしまう。
どうしても決定打に欠けてしまう打ち合いだったが、その均衡もすぐに崩されることとなる。
東郷樹の強みは、類い希な直感とそれを実行するだけの行動力の高さにある。
そのため、ハデス攻略の糸口になるかもしれない攻め方はなんとなくだが掴んでいた。
普通よりも強固にシールドを展開してひたすら前へ前へと攻撃を集中させる。
「樹危ないよ! 気をつけて!」
「お下がりください樹様!」
百合花と千代が心配して叫ぶが、樹は打ち合いの最中に余裕の表情を見せた。
「大丈夫! 皮膚に攻撃を受けなければ問題ないはず! シールドでしっかり防げば多少は掠っても問題ない!」
何の根拠もないただの勘だ。
しかし、その言葉を聞いた沙友理とあやめがハッとした表情を浮かべた。
「そうか。私が掠り傷を受けても問題なかったのは……」
「そういうこと! 育美が死んだのはシールドを展開できなかったから!」
二人の反応で樹の勘が正しいことは察した。
禍神の攻撃に耐えられるくらいの威力であれば受けても問題ないと分かったのは大きい。それなら戦い方も変えられる。
普通のワルキューレであれば、それが分かったところでどうすることもできないだろう。シールドも弱く、掠っただけでも即死に繋がる。
しかし、この場面においては奇跡的に状況をひっくり返すことができるだけの実力がある者たちが揃っていた。
樹と百合花による激しい攻撃にハデスが防戦に移る。そこにさらなる追い打ちをかけるように彩花と沙友理が合流した。
『オノレ……オノレ……ッ! ジャマヲスルナアァァァァァァァァッ!!』
「ははっ! ずいぶんと余裕をなくしたようだなハデス!」
「ここで一気に決めてみせる! リリカルバースト!」
彩花がリリカルバーストを発動させた。
さらに身体能力が向上し、攻撃の重みが増す。素早さも上がり、ハデスの迎撃に乱れが見え始めた。
「リリカルバースト、発動」
百合花も胸に手を置き、静かに呟くようにしてリリカルバーストを発動させた。
金色の光が体を覆い、感じる力が数倍以上に膨れ上がる。
たまらずハデスが再びケルベロスたちを召喚するが、ケルベロスが姿を見せて吠えた瞬間にその頭を弾丸が撃ち抜いた。
弾丸が飛んできた方向を見ると、静香と千代が瓦礫の上で構えており、二人のアサルトの銃口から煙が出ていた。
「ケルベロスは任せてください!」
「ケルベロスはこちらで抑えられます! 皆様はハデスに集中してください!」
残りのケルベロスたちが二人へと襲いかかるが、それは翼と瑞菜が迎撃して防いだ。
四人に対して禁忌指定タイラント種並の力があるケルベロスが十体以上という絶望的な状況だが、不思議と問題ないという感覚があった。
千代の言葉を信じて百合花たちはハデスの撃破に全神経を集中させる。
『イマイマシイ……コザカシイ!』
「後ろ、気にしなくていいのかしら?」
『ッ!?』
彩花の言葉に反応したハデスが咄嗟に背後への攻撃を行う。が、そこには何もない。
次の瞬間には背中を強く斬りつけられていた。
細かな金属片が散り、怒りの反撃を狙うが彩花は既に離脱済みで掠りもしなかった。
「見間違いだったみたい。ごめーん」
『ジョウガサキアヤカァァァァァァァッ!!』
怒ったハデスが大剣のようなアサルトを取り出すが、一瞬で刀身を根元からへし折られていた。
燕返しのように素早く切り返された刃がハデスの足に叩き込まれ、無様に転倒する恥を見せてしまう。
「あやめのこと忘れてたでしょ! だから転ぶんだよ!」
『コロス! コロシテヤル!』
激昂したハデスが全身から武器を出現させた。
大小様々な武器から漆黒のオーラと殺意が放出されるが、もう恐れることはなかった。
これだけの戦力が揃っていれば勝てると、確信に近い予感があった。百合花のアサルトを持つ手に力がこもる。
ハデスが深く踏み込み攻撃を仕掛けるが、そこにあやめのカウンターが叩き込まれる。
片腕を肩口から切り飛ばし、武器が宙を舞うと同時にハデスの絶叫が轟いた。
『グオオオォォォォォォォッ!』
「これで攻撃力半減! やっちゃえ! ブリュンヒルデ!」
その隙はこの場の戦いにおいて致命的なものであった。
ハデスが気付いた時には遅かった。
眼前まで迫っていた百合花がアサルトの形態を剣からライフルに変形させる。
そして、振り抜かれた攻撃を掻い潜り、顔のど真ん前へと銃口を突きつけた。
「これでトドメ! 終わりよ杠葉様!」
素早く引き金を引いてヘッドショットを決める。
零距離から弾丸を浴びたハデスが大きくのけ反り、そして仰向けに倒れた。
勝ったかと思うがまだ安心はできない。まだ体の崩壊は始まっていないのだ。
その心配通り、ハデスがゆっくりと上体を起こした。
顔は半分砕けて杠葉の顔が見えている。片腕を失い、零距離射撃の衝撃で体にもヒビが入っていた。
これ以上戦えば、間違いなく自壊してしまうことは目に見えている。
ハデスの顔が半分崩れたからか、見えているユズリハの目には憎しみと共に知性が戻っているような印象を受けた。
どのみち、ハデスにこれ以上の戦闘は不可能だと判断した百合花たちが戦闘態勢を解いた。
そして、百合花と彩花の二人が杠葉へと近付いていく。
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