第112話 死を司る禍神

 腹部の傷痕から禍々しい力が溢れ出している。

 高まっていく嫌な予感に、百合花はもちろんあやめや合流した彩花たちも額に冷や汗を浮かべた。

 全身から血を噴きながら、憎悪に染まる瞳を百合花へと向けた杠葉は、大量の血を吐いて不適に笑った。


「今この場で殺してやる。八つ裂きノぐチャぐちゃのバラばラにしてコろス……ッ!」

「……ありゃもうダメっしょ。沙友理先輩。殺す気でいきましょうね」

「殺す気、じゃない。もう殺さないとこっちが危ない」

「ですよね~。デュアルアサルトでどこまでやれるかな」

「そんな!? というか、どうしてリリカルバーストを!?」

「杠葉様、埋め込んでいたのは禍神の欠片だったのね……そうまでして……」


 咲が悲しい瞳を向けた。

 そして、一同が見ている前で杠葉の姿が変貌していく。

 全身が金属に覆われ、体から無数の武器が生えてくる。所持していたアサルトも金属に取り込まれて別の姿に変わり、腕と一体化した。

 さすがに想定外の変貌を遂げたその姿に、沙友理が息を呑みあやめがため息を吐く。


「さすがにこれは……」

「まんまハデスじゃん。あいつともう一回殺し合うのだるいんだけど。今度こそあやめ、死ぬんじゃない?」


 二人の会話が気になり、杠葉から視線を外すことなく警戒しながら彩花が尋ねた。


「話が見えないんだけど。ハデスって何?」

「杠葉先輩が取り込んだホロゥの欠片の本体。ギリシャ神話に登場する冥府神ハデス。あの禍神はそう名乗ってた」

「禍神!?」

「そっ。イズモ機関があやめたちαを使って極秘裏に討伐した禍神。それがハデス」

「城ヶ崎のくせに知らなかったのか? 駿河撤退戦はハデスとの戦いを隠蔽するために仕組まれた出来事だぞ。そうでなきゃあんな短期間で東海道が奪還できるものか」

「あの時はマジで死に物狂いだったなぁ。おかげで一生遊べるだけのお金が手に入ったけど」

「それを全部ソシャゲの課金に突っ込んだ大馬鹿者は誰なんだか。もう一度大金が欲しければ死ぬ気で杠葉……違うな。ハデスを殺せ」


 杠葉、否、ハデスが完全に変貌を遂げた。

 赤く輝く完全に人外へと成り果てた目が百合花を中心に捉えている。


『コロスコロスコロスコロスコロスコロス……』

「末期症状もあそこまでいくと醜いわぁ」

「沙友理様。どうにか杠葉様を助ける方法はないんですか?」

「殺意を向けられているのに余裕だな西園寺百合花。お前は、あれが普通の暴走状態に見えるのか?」

「それは……」

「百合花さん。辛いですけど、やらなきゃ私たちが殺されます。覚悟を決めてください」

「神城瑞菜の言うとおり、手遅れだ。救いたければ、さっさと殺してやることだな」


 沙友理が手を天に掲げた。

 あやめもアサルトを打ち合わせて形態変化を引き起こす。


「アクセルボルトを使う。希望しない自殺志願者はいるか?」


 沙友理の問いかけには、全員が無言でアサルトをハデスに向けることで否定した。

 冷静に手から稲妻を放ち、全員の身体能力を向上させる。


「うぐっ! 衝撃がすごい!」

「けど、まだ足りない! 樹!」

「わかったよ!」


 百合花と樹がアサルトをぶつけ合う。

 コネクトを発動させ、さらにお互いのリリカルパワーを増幅させた。

 彩花もアサルトを構え、プレッシャーを感じながらもハデスと相対する。


「正直αとか私が恨まれているとか全部理解したわけじゃないけど、私にも責任があるみたいだから頑張らないと! それが、たとえ杠葉さんの勘違いだったとしても!」


 ハデスが頭上に手を掲げた。

 瞬間、黒紫のオーラを放つ巨大な弓のようなものが出現する。

 周囲の地面が盛り上がり、黒い金属と化して鋭く変形すると、それをハデスがへし折った。矢のような形態の金属を弓につがえている。

 攻撃の予兆を見た瞬間、素早くあやめと沙友理が射線から退避した。

 そして、防御しようとアサルトを盾の形態に変えて構えようとした彩花を力ずくで抱えて離脱する。


「は!? 何を!?」

「死にたいのか城ヶ崎彩花! 防ぐな! 躱せ!」

「ハデスの攻撃は掠りでもしたら終わりだよ! 攻撃に触れた瞬間その細胞がステージⅣ相当の悪性腫瘍に変化する! 間違いなく死ぬからね!」


 あまりにも凶悪な性質に百合花も息を呑んだ。

 たとえ倒すことができても五年生存率を著しく低下させる悍ましい攻撃。接近戦に躊躇いが生まれる。

 ハデスが口笛を吹いた。

 すると、黒いシミのようなものが地面に広がり、そこから溶けた金属で構成されたような三つ首のイヌ型ホロゥが数体姿を見せる。


「もうお出ましか!」

「あやめが片付ける! 翼先輩! そこの百合ヶ咲の子! 援護して!」

「ふぇぇぇぇ!?」


 指名された静香が困惑しながらも銃口をイヌ型ホロゥに向けた。

 翼も戸惑うが、あやめが踏み込んだ場面を確認して同じように援護を始める。

 あやめから離れた場所にいた一体が樹へと襲いかかった。

 大口を開けて噛みついてくるホロゥの攻撃を躱しながら沙友理へと叫ぶ。


「ちょっ! こいつなんなの!?」

「ハデスが呼び出すホロゥのケルベロスだ! そいつの攻撃は受けても癌にはならないが、禁忌指定タイラント種ともいい勝負になるほど強いぞ! 気をつけろ!」

「はッ!」


 体を捻り、回転を加えて攻撃を仕掛けた百合花が同時に樹を襲っていたケルベロスの首を三つとも刎ねた。

 一瞬だけ体をビクンと痙攣させ、倒れたケルベロスが消滅を始める。


「お、おぉう……やるじゃないか」

「残りはあやめさんたちが抑えてくれてる! 私たちは!」

「うん! あたしたちはハデスだ!」


 百合花と樹が先行してハデスに攻撃を仕掛けた。

 対するハデスは、向かってくる二人を見て二叉の槍を取り出し、構えた。


『シネ……サイオンジユリカァ……ッ!』


 不気味な声を放ち、ハデスと百合花たちがぶつかり合う。

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