第111話 怨念
背後からの斬撃に対処できたのは、本当に奇跡的だったと思った。
重い一撃に対し、百合花の防御はどうにか間に合って地面を靴底で削るだけに留まる。
「……え?」
ゆっくりと防御姿勢を解くと、見えた衝撃的な光景に百合花が戸惑った。
「杠葉様?」
「チッ、仕留め損ねた」
今の攻撃は、威力から察して本気で百合花を殺すものだった。
どうしてそんなことをするのか理解できず、だが明確な殺意を向けられているためにゆっくりと後退する。
異変に気づいた静香が駆け寄ろうとするが、それは手を振って制止した。静香を巻き込むわけにはいかないと配慮してのことだ。
アサルトを百合花へと向けたまま、杠葉が憎しみで埋め尽くされた目で睨む。
「お前に殺された友達の仇……ここで私が!」
「私に殺された……?」
「忘れたとは言わせない……琵琶湖血戦でお前が殺したのだからな!」
そう言われ、百合花の視界が赤く歪んだ。
夜叉の力を制御できずに暴走状態に陥った時の記憶が再生される。
完全に覚えているわけではないが、肉を貫いた感触や血を浴びた匂いが蘇ってくるようだった。
あの時、自分を抑えられずに殺してしまった大勢の中に杠葉の友人がいたのかもしれないと考えると、呼吸が速くなる。
杠葉がアサルトを地面に叩きつけた。その音で百合花の意識が引き戻される。
「私はずっと考えていたよ。どうやったらお前を殺すことができるかってな。禍神の力を持つお前はワルキューレでは殺せない。だから、私は一つの結論にたどり着いた」
「……」
「同じ力があれば、お前を殺せるんだって!」
二人の様子がおかしいことに気が付いた翼と瑞菜が戦闘を中断して百合花に合流した。
咲も、杠葉から少し離れた場所でただ傍観している。
それだけではなかった。
ホロゥと戦っているにしてはおかしい戦闘の音を聞きつけた樹と千代が合流する。
「え? これどういう状況!?」
「東郷樹……お前に用はない! 西園寺百合花の他に私が殺したいのは……!」
「百合花ちゃん!?」
そして、新たに一人が合流する。
建物を飛び越えて彩花が百合花の隣に降り立った。
現れた彩花を見て、杠葉がアサルトを突きつける。
「もう一人はお前だ城ヶ崎彩花! 舞鶴で私の従兄を見殺しにしたお前も、私が殺す!」
「はぁ!? え、そういう状況なの!?」
やっと状況を理解した彩花が狼狽えた。
ここまで本気の殺意を人間から向けられたことはなく、ホロゥと違って殺して対処するということが出来ないためにどうすれば良いのか分からなかった。
今にも飛びかかりそうな杠葉だったが、杠葉と百合花たちの間に弾丸が突き刺さったことで一瞬の怯みができた。
忌々しそうに舌打ちをして正面を睨むと、黒煙の中にさらに二人の姿が見える。
「さすがに聞き捨てならないな鬼頭杠葉。西園寺百合花と同等の力、それは即ち禍神の力だ」
「それをどこで確保したわけ~? 嘘をつくならもう少し上手くやろうよ。夜叉もアテナも完全に消滅して欠片は一片も残されていな――」
「出雲B4ラボ。こう言えばどう?」
その言葉が出た瞬間、杠葉を牽制していたあやめと沙友理の動きが止まった。
一言も言葉を発さなくなり、わずかに作り笑いを見せながらアサルトを握る力を強くする。
「イズモ機関直属の特別作戦部隊α。お前たちには感謝しているよ。おかげで私はこの力を手に入れたのだから!」
そう言い、杠葉が勢いよく服を脱ぎ捨てた。
そこで見えたものに、百合花たちが目を見開く。
腹部に大きく付けられた手術の痕。それが何かは彩花が一番よく知っていた。
あやめも沙友理もそれが何かを知っているからこそ、警戒を最大限に引き上げる。
「呆れたものだ。イズモ機関の最高機密をどうやって探り当てたのか」
「つーかラボの連中もあんな危険物を外に出すなよ! どうなるかくらい理解できるだろうに!」
「奴ら、以前からあの欠片を使ったエインへリアルを生み出したいと実験していたそうだ。どうせ、エインへリアルよりもワルキューレである自分の方が制御しやすいとでも言って騙したんだろ」
「その通りよ。安全装置もない。本物の禍神の力で西園寺百合花と城ヶ崎彩花を殺す」
「安全装置なし、だと……!?」
「バカ! ほんとラボの連中も先輩もバカ!」
あやめと沙友理が目に見えて動揺し、慌てたことで話の流れが見えなかった百合花たちも、今が危険な状況だと理解した。
しかし、もう遅い。
杠葉の体から不穏な力が漏れ出し、全身の血管が膨れ上がって耐えきれなくなった箇所から裂けて出血が連続する。
以前、百合花がリリカルバーストを暴走させたときの様子によく似ていた。
これで確信する。杠葉は、リリカルバーストを暴走させて百合花たちを殺すつもりなのだと。
「さぁ、死ね。リリカルバースト……ッ!」
そう呟かれると、腹部の傷痕から悍ましい不気味な力が溢れ出した。
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