第110話 百合花の意地

 新たに現れたホロゥに対し、包囲されないようにだけ気をつけながら迎撃を始める。

 あやめたちの攻撃で忘れるところだったが、ホロゥの出現数自体は異常だ。次から次に渦より現れ、百合花たちに襲いかかる。

 琵琶湖血戦を経験した百合花にとっても恐怖を感じるほどの数に、わずかに怯みながらも立ち向っていく。

 もうあの時とは違う。成長し、強くなって周りも見えている。

 リリカルバーストを暴走させて周囲の人たちを巻き込む心配も少なく、安心して刃を振るうことができる。


「はあぁぁぁぁっ!」


 気合いと共にアサルトを振り抜く。

 鋭い一撃は一瞬で三体の小型ホロゥを切り裂き、飛びかかってきた中型ホロゥに攻撃の中断を決定させる。

 あやめたちが破壊した建物の瓦礫が散っているこの場所では、ホロゥたちの攻撃にも満足な威力が出ない。助走を付けての飛びかかりができないのだ。

 遅ければ百合花の敵になどなるはずもなく、小型が出たところですぐに倒される。


「とはいえ、さすがにこの数はね……」


 静香や瑞菜、翼も一緒になって戦闘を行っているが、ホロゥの勢いは衰えない。

 神子たちに合流するルートにもまだまだ多くのホロゥが居座っており、強行突破というのも困難だというのが現状であった。

 大型種が数体という比較的倒しやすい敵ばかりであるが、それでも百合花一人で突破するのは無理がある。瑞菜と協力し、静香の援護射撃や翼の切り込みがあっても届くかどうかは賭けだ。

 それならば、無謀なことはせずに落ち着いて周囲のホロゥを減らすことに専念した方がよほど賢い選択と言える。

 激しく戦えば、いつかは神子も気づいて向こうから合流してくれるかもしれないと考える。

 近くのビルの中層階近くにまた新たな渦が出現した。

 渦からは火の粉が漏れており、凄まじい殺気が感じられる。


「なんかヤバそうなの来そうだよ!」

「どうしましょう!」

「三人は援護を頼みます! こいつは私が!」


 言うやいなや百合花が走り出し、静香がその手を取って勢いよく渦がある方へと投げ飛ばした。

 空中で体勢を整え、出現タイミングを見計らって斬りかかる。

 渦を切り裂き、勢いよく飛びだしたホロゥは出現と同時に顔を百合花の攻撃によって負傷し、無様に墜落した。

 墜落と同時に周辺に炎が撒き散らされ、瓦礫や小型のホロゥが燃えていく。

 砕けた眼球の金属の欠片を確認し、無事な片目を怒りで光らせたその大型ホロゥは、天へと向けて口から炎を噴射した。


「タイラント種の朱雀! 元禁忌指定種だから強いよ!」

「下腹部の溶鉱炉に集中砲火! そこを破壊できれば機動力と火力を大幅に削ることができる!」


 静香と瑞菜が砲撃を的確に弱点へと集中させた。

 一発目から弱点を攻撃され、焦ったような朱雀が飛び上がろうとする。

 が、少し飛んだ辺りで上から百合花の攻撃を受けて再び墜落した。

 起き上がろうとするが、そこに翼が突進していく。


「砕けた右目側がお留守だよ! くらえ!」


 眼窪へとアサルトが突き立てられ、朱雀の絶叫が轟いた。

 頭を振って翼を振り落とす。しかし、この隙は朱雀にとって致命的すぎた。


「リリカルバースト……っ!」


 百合花がリリカルバーストを発動させ、全身の力を膨れ上がらせた。

 以前までの禍々しい赤紫の輝きではない。赤みがかった金色の美しい輝きに、静香の口から感激の声が漏れた。

 近くにあった瓦礫を持ち上げ、朱雀へと投げつける。

 中型ホロゥ程度なら押し潰すであろう質量の瓦礫の直撃を受けてはひとたまりもなかった。朱雀の体が大きくのけ反り、溶鉱炉に傷が入る。


「見えました! 瑞菜さん! 合わせてください!」

「了解!」


 二人による射撃で一気に追い詰める。

 弾丸の嵐を受けた朱雀の溶鉱炉は限界だ。亀裂が生じ、内包された火炎が火の粉となって漏れ出る。


「翼様!」

「おっけー! いくよ百合花ちゃん!」


 二人で砕けた溶鉱炉にエックス字の形に斬りつける。

 それが決定打となり、ついには溶鉱炉が崩壊した。朱雀が悶え苦しみ、火球を浮かべて見境なく暴れ回るが、目に見えて火力は落ちていた。

 これなら接近も容易い。

 大きく息を吸い、肺いっぱいに空気を溜め込んだ百合花が息を吐くと共に筋肉を膨れさせる。

 瞬間的に爆発的な力と推進力を作り出すと、朱雀との距離を一気に詰めた。


「これでトドメだぁぁぁぁぁぁ!!」


 首を狙って振り抜かれたアサルトは、見事に朱雀の首を破壊した。

 頭部を失い、フラついた朱雀の体が崩れて塵と消えていく。

 朱雀、討伐成功。

 強大な力を持つタイラント種も討ち滅ぼし、静香たちが歓喜に沸いた。

 消滅していく朱雀を見て百合花もガッツポーズを作り、そして次のホロゥを倒そうと踵を返す。

 と、その時だった。


「……え?」


 鈍い音が聞こえたかと思えば、視界に真っ赤な血飛沫と自分の体が映っている。

 頭を無くし、血の噴水を作り上げた体を見て、百合花は自分が首を刎ねられて殺されたことを自覚して――、


「ッ!」


 そんな錯覚を見るような、嫌な予感を感じさせる冷たい死の気配。

 それが迫っていることを感じ取った百合花が背後へとアサルトを振るうと、重い金属音と共に火花が散った。

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