第104話 呪いの焔

 夜、どうしても眠れなかった香織は、水を求めて水道へと向かっていた。

 時刻は夜中の一時を回ったところ。明日に備えて眠っている者ばかりの時間だ。

 そう、思っていたのだが、途中の談話室を通り過ぎようとしたとき、部屋の電気が付いていることに気が付いた。

 中からは話し声が聞こえ、こっそりと盗み聞くように扉に耳を押し当てる。


「本当にこの機会を逃すつもり? 二人とも、それでいいの?」

「よくない、けど……でも……」

「抱いていた復讐心はどこへいったのよ。やろうと思えばひよるなんて、その程度のショボいものだったわけ?」


 復讐、などという平穏ではない言葉が聞こえ、思わず香織が扉から顔を離した。

 そして、こっそりと中の様子を窺うと、辛うじて項垂れた高天原女学院の咲の姿が確認できる。

 他に誰がいるのかはおおよその見当が付いた。咲と常に一緒にいるメルと杠葉の二人であることはすぐに分かる。

 復讐と口走ったのは、声から察して杠葉だ。

 不穏な会話をしている三人に警戒感を出しつつ、気づかれないように会話を聞き続ける。


「大丈夫って、そう最初に言い出したのはメルじゃないの。ホロゥとの戦闘中なら後ろから斬り殺してもホロゥに責任を擦り付けることができるって」


 息を呑んだ。

 復讐と言うからには何かよくないことを計画していると思っていたが、杠葉が考えていたのは殺人だった。

 そうでなければホロゥに責任を擦り付けるなど言い出すはずがない。


「それに、ホロゥとの戦いに乗じてやったことが罪に問われないのはあいつら自身が証明してる。私たちはそれをそっくりやり返すだけ」

「でも杠葉様。……機会を狙ってずっとあいつらを見てたんですけど、やっぱりどうしても理解できないんです。事情を聞き出して、事の次第では一発殴る程度で済ませることは……」

「ずいぶんと甘いことを言うようになったね咲。貴女の祖母を撃ち殺すように命じたのは誰だった?」

「そ、それは……」

「やめなよ杠葉」

「メルも咲と同じ考えなの? 可愛い妹を盾にされて殺されたのは誰だった? そして、殺したのは誰だった?」

「……っ」

「私は絶対に許さない。私の大切な友達を次々と血肉に変えたあの悍ましい化け物も……私の従兄を見殺しにしたあの冷血も……この手で必ず殺してやるって決めているッ! そのために私は……ッ!」


 杠葉の殺意は部屋の外にいる香織も充分に感じることができた。

 そして、香織の視線の先で咲が驚きに目を見開いている様子が見える。


「杠葉様……それは……!?」

「杠葉貴女……」

「ここに来る前にラボに押しかけて手に入れた。この力があればあいつらを殺せるんだよ!」

「そこまでするほどに……!」


 メルのどこか悲しい声が聞こえる。

 咲もメルももう何も言わず、杠葉は部屋を出て行こうとしていた。

 足音に気づいた香織が慌てて近くの物陰に隠れる。

 幸いにも廊下は消灯しており、気付かれることはないと予想する。

 その通りで、杠葉は部屋を出て香織の近くを通り過ぎても、彼女には気づいていなかった。

 そして、ふと足を止めて室内の咲たちを見ると、冷たく言い放つ。


「やる気がないって言うのならそれでいいよ。やるかやらないかは自由だもの。……でも」


 拳を壁に叩きつけたことで、咲もメルも香織も驚き、肩をビクリと震わせる。


「殺したい相手が同じだってことを忘れずにね。二人がやらないのなら……私が八つ裂きにしてやる」


 そう言い残して杠葉が自室へと帰っていった。

 残された咲とメルも一言二言会話してそれぞれ自室へと戻っていく。

 それからしばらくして隠れていた場所から出てきた香織は、頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。


(どどどどうしたらいいんだろう! 御姉様に報告? いやでも……えぇ……)


 口ぶりから、狙われているのは東京に出撃する誰か、ということは確定だ。

 そして、会話と咲の態度から誰が狙われているのかは候補がある程度絞られてくる。

 香織が考える、命の危険がある人物が――、


「彩花様と彩葉様……御姉様から伝えてもらった方がいい、よね?」


 咲は城ヶ崎の姉妹を特に強い恨みの籠もる目で見ていたことを思い出す。

 祖母を撃ち殺すように命じたと言っていたことから、考えたくはないが彩葉がそのような命令を出して、そのせいで狙われていると香織は思っていた。

 そして、メルと杠葉が言っていた友人や妹の殺され方を考えるに、犯人は近接装備のアサルトを使ったとすぐに分かる。

 となれば、こちらも考えたくはないが、彩花がそれに該当してしまうのだ。

 大きな戦いの混乱に乗じて、と言っていたために二人がそのような戦いには出撃していないと考えたかったが、実際はどうだったかをさておき二人に関係する大きな戦いとして舞鶴迎撃戦はあまりにも有名だ。


「あぁもうっ! 私はどうしたらぁぁぁぁ!」


 喉を潤すという目的などとっくに吹き飛び、とりあえず急いで葵にだけでも報せておこうと、香織は全力で階段を駆け上っていった。

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