第105話 抱える思い
空がわずかに明るくなり始めた頃、百合ヶ咲学園の敷地内には多くのヘリや自衛隊車両が到着していた。
夜明けの出撃の時間、東京へ赴くワルキューレたちが学園に残る生徒たちと出発前最後の会話をしていた。
自衛隊からの報告で、タイタンとバルムンクは深夜に活動限界を迎えて消失したことは確認済みだ。それ以来禁忌指定タイラント種は姿を見せていない。
しかし、ホロゥの出現数は増す一方で、活動限界及び討伐成功されたホロゥも含めた総出現数は一万を超えている。
わずか十二時間でこれだけの出現数はかつてない異常事態であり、想像を絶する激戦が予想された。
即戦力になりそうな者たちをヘリで輸送し、他は自衛隊車両で神奈川との県境から東京へと入ってホロゥを撃破しつつ合流するというのが最初の作戦。
百合花は当然ながらヘリでの移動に選ばれ、アサルトと荷物を積み込んでいた。
百合花と同じヘリで移動することになっている静香も同じようにアサルトと荷物を積み込んでいるが、その表情から不安が見て取れる。
そして、次々と陸上の車両に乗り込んでいく生徒たちを見てしきりに首を傾げていた。
「私、どうしてヘリでの移動なんでしょうか? 実力的には向こうだと思ったんですけど……」
「静香ちゃんも夜叉討伐の功労者だからね。こっちで合ってるよ」
「そんな! 私なんて最後に百合花ちゃんの手助けをしたくらいだし……」
自分を卑下する静香の頭を、百合花が優しく撫でた。
「そんな風に言わないで? 禍神を前にして足を動かせるだけでもすごいことなんだよ。静香ちゃんは自分が思っている以上に強いから、自信を持って」
「そうですよ。篠原さんの力は私たちが保証します」
ふと聞こえた声。
見送りに来ていた校長と、百合ヶ咲の実技教官たちが静香のことを励ましていた。
口だけでは信じられないかと、開示できる範囲で静香の成績も見せながら肩を叩き強く頷く。
「ご覧の通り、射撃と運動性能で秀でた成績があり、精神面では同学年でもトップクラスに優秀なんです。自信を持ちなさい」
「篠原に足りないのは自分を信じる強い気持ちだ。それさえ習得できればワルキューレとしてどんな場面でも戦えるだろう」
「戻ってきたらみっちり教えてやる。だから、生きて帰れ」
教官たちからの励ましで、少し自信が持てた静香は元気よくハイと返事をした。
胸の前で拳を握ると、力強さを感じさせる目でヘリに乗り込んでいく。
「西園寺。篠原のこと、任せたぞ」
「はい。静香ちゃんは絶対に帰します」
「それも結構ですが、百合花さんも生きて帰ってきてくださいね」
校長に抱きしめられ、それから百合花もヘリに乗り込んだ。
別のヘリでは彩花と彩葉が準備を進めている。
荷物もアサルトも積み終わり、送られたメールに添付されていた展開図と周辺地形、そして城ヶ崎家のルートで仕入れた最新の東京の様子を見比べている。
「ここ、ミサイルで壊されて移動は難しそうだね」
「ええ。それに、想定してた狙撃ポイントもいくつか潰れているけど……」
「それは大丈夫。このビルがまだ生きてるから、ここから撃てる」
配置について最終確認を進める。
そんな二人の元に、別のヘリで移動予定の葵が近付いていった。
「彩花、彩葉。少しいいかな?」
「葵? どうしたの?」
「聞かれたくないから、耳打ちで」
二人で顔を見合わせて首を傾げる。
しかし、大人しく葵に従ってそっと耳を差し出すと、葵も周囲を気にするようにして口を開いた。
「百合ヶ咲以外の制服は、あまり信用しない方がいい」
「……え?」
「一緒に戦うメンバーに私たち以外がいたら、ホロゥだけじゃなくて背中も気にして。彩葉も、護衛に付いてもらうなら必ず百合ヶ咲のワルキューレか、最悪自衛隊のワルキューレにお願いして」
肩を並べて戦う仲間を疑えと言っているようなもの。
発言の意図が読めず、二人とも頭がクエスチョンマークで満たされた。
「ねぇそれどういう……」
「後ろから襲われる、みたいに聞こえるんだけど」
「だから、そう言ってる」
「冗談にしてはタチが悪いよ。どうしたの?」
彩花の鋭い目で放たれた問いに、葵もまた鋭い目で返した。
「私だって共に戦う仲間を疑いたくはない。でも、それ以上に私はあの子を……香織を信じる。あなたたち二人の命が危ないかもしれないって」
「……そう。百合ヶ咲だけは信じて大丈夫なのね?」
彩花は、葵と香織の信頼関係が並のものではないことをよく知っている。
だからこそ、これが中途半端な警告ではないことも心に刻んだ。
一瞬考えた後、葵は首を横に振る。
「言い方を変える。疑心暗鬼になりすぎるのもよくないから」
「そうだね。それで、警戒するべきは?」
「……高天原女学院。彼女たちに隙は見せない方がいいよ」
敵になるかもしれない相手の名前を出して葵が自分のヘリへ戻っていった。
彩花も彩葉も、そこが自分の家が出資していようが関係ないと、瑞菜たち高天原の全員に警戒心を向ける。
ホロゥとの戦いだけではない混沌が東京の町には待っていた。
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