第103話 出撃前夜

 食堂での一時を終え、樹たちと別れて自分の部屋へと戻ってきた百合花は、静香に先に寝るように伝えて部屋を出ていた。

 娯楽室のソファに腰掛け、外へと電話をかける。

 電話はすぐに繋がった。忙しい背後の声がまず聞こえたすぐ後に、百合花が話したかった相手の声が聞こえる。


『百合花? こんな時間にどうしたの?』

「お姉ちゃん。ちょっとだけ時間、いいかな?」

『いいよ。こっちも今アサルトの最終チェックをしてるから出撃までまだ時間がある』


 短く「ありがとう」と伝え、窓から夜空を見上げる。

 青白い三日月は美しく、争いなどない世界であるかのように錯覚させてくれるかのようだった。


「お姉ちゃんも出撃するんだね」

『そうだよ。アサルトの修理がちょうど終わったからね。一発目から霞ヶ関周辺のホロゥの掃討とかブラック労働もいいところだって』

「あはは……なるべく早くに合流できるように私、頑張るよ」

『そうしてくれー。早く百合花成分を補給したいよ~』

「そんな怪しい薬物みたいな成分出てないよ」


 電話越しに姉妹がふふっと笑い合った。

 神子との会話は百合花を安心させてくれる。心に余裕が生まれていくのが自分でも分かった。

 それは神子も同じで、百合花と話していると緊張が少しずつ解されていく。


『そういえば聞いたよ? 百合ヶ咲の援軍到着は夜明けだってね?』

「そうなの。もっと早くてもいいと思ったのに」

『ふっふっふ! 百合花、まだまだ指揮官には向かないね~? 今度そこら辺を教えてあげよう!』

「え、お姉ちゃん理由が分かるの?」

『そりゃあもちろん。よしっ、教えてあげる』


 神子は出撃を夜明けにした理由について瞬時に理解していた。

 頭に疑問符を浮かべている百合花を電話越しに察した神子は、分かりやすいように説明を行う。


『百合ヶ咲学園のワルキューレは国内最高峰の実力者たちなんだよ。どこのワルキューレもそうなんだけど、特に百合ヶ咲はほいほいと消費できる戦力じゃない』

「うん」

『だからこそ、できる限り万全の準備を整えてから戦闘に参加してほしいんだよ。アサルトの整備を完璧にして、生きて帰るという目的を明確にして、体を休めるしっかりとした時間が必要なの。疲れていたり、覚悟が揺らいでいる状態だと生存率は下がっちゃうから』

「だから校長先生は食堂の無償化を……」

『え、そんなことしてたの!? 百合ヶ咲の校長やるなぁ~。……それに、今はタイタンとバルムンクの変異種が暴れているからね。夜明けになる頃には活動限界でどっちも消えているはず。禁忌指定タイラント種と百合ヶ咲のワルキューレがぶつかるなんて万が一にもあってはいけないから、それも含めての夜明けの出撃なんだろうね。ほんと、百合ヶ咲の校長先生には恐れ入るよ』

「ほぇ~。そこまで考えなくちゃいけないなんて、大変だね」

『私は百合花ほど強くないから、指揮能力を高めようと勉強しただけだよ。百合花は心配しなくても、私が指示を出してあげるから好きなように戦って』


 頼もしい姉の言葉に、百合花の心に勇気が満ちてくる。

 神子の側でアサルトを整備しながら最後の言葉を聞いていた人たちも心強く思っていた。

 卓越した指揮能力と洞察力で琵琶湖血戦の被害を理論上最小限に留めた神子の指揮と、人類が勝てるはずのない存在と思われていた禍神の討伐に成功した百合花の二人であれば、まさに無敵だと。

 この姉妹がいるだけで、不思議と東京での戦いも少ない被害で勝てるように思えてしまう。

 だからこそ、と気持ちを奮い立たせた。

 この西園寺の姉妹が出せる全ての力を発揮できるように支援することこそが勝利への近道だと信じられている。

 たとえ、どんなホロゥが出現したとしても負けることはない。

 そんな考えが、ひっそりと自衛隊に浸透していた。


『おっと新情報。聖蘭黒百合も夜明け前の出発みたい。強豪校はそこら辺しっかり分かってるね』

「私たちも頑張らないと……!」

『うんうん。さて、そろそろ休みなさいよ? 差し支えるわよ』

「あ、うん。そうする」

『え? なに? 整備完了で出撃命令? 今可愛い妹と電話してるからあとちょっと待てって統幕長に怒鳴っといて。……変なもの聞かせてごめんね? 出撃しろってうるさいから、こっちもそろそろ』

「あはは……統幕長さんと仲良くしてね?」

『あのおっさんとは言葉で殴り合える仲だから問題ないよ。じゃっ、切るね。東京で待ってる』

「うん。すぐに行く」


 通話が切れた。

 強い安心を得ることができ、とても有効的な時間だった。

 頬を叩き、気合いを入れて部屋へと戻る。

 姉妹での共闘で東京を絶対に守り抜く。

 確かな思いを胸に抱き、目を閉じて睡眠へとはいっていった。

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