第102話 命を賭ける乙女
東京都内に出現したかつてない規模のホロゥ。そして、発令された緊急事態宣言。
防衛省から正式にワルキューレの出撃要請を受けた百合ヶ咲学園は、その返答を全校集会のその場で防衛省に伝えて全校生徒にも同時に伝えるという手段を選択した。
わずかな時間で校長や教師陣、司令部要員や鎌倉駐屯地の自衛隊と生徒会が会議して選んだ返答。
全校生徒が体育館とリモートで繋いだ各講義室に集合したことを確認し、校長は電話を取った。
ワルキューレとして戦う覚悟を決めて名門百合ヶ咲学園に入学したのだ。誰もが戦う覚悟は決めている。
男子生徒たちも、ワルキューレたちが一人でも多く生き残れるようにアサルトの整備やその他のケアを全力で行う準備は万端に整えていた。
生徒たちが緊張した面持ちで校長を見つめる中、電話は繋がる。
しっかり全員が聞こえるようにとスピーカーにして通話は繋がれていた。
『こちら防衛省緊急対策本部。この番号は百合ヶ咲学園ですね? 出撃可能な戦力の報告をお願いします』
「分かりました。では、伝えます」
一拍の深呼吸が挟まれ、この刹那の時間でも緊張は崩れない。
誰かが唾を飲み込む音が鮮明に聞こえ、そしてついに校長の口が動く。
「百合ヶ咲学園は東京の防衛に三年生五十四名、二年生三十五名、一年生十一名の合計百名を派遣します。鎌倉出発は夜明けと同時に。市ヶ谷到着後、そちらの指示に従い展開させてください」
『……もう少し出撃を早められないでしょうか? 既に高天原女学院と雪華高等学校はワルキューレの選抜を終え、学園都市を発ったと報告が来ています。他にも甲州桃ノ木学園など、多くの学園都市が選抜完了と同時に出撃するそうですが』
「鎌倉出発は夜明けと同時に。こればっかりはどうしても譲れません。ご理解ください」
『……分かりました。学園都市からの援軍として最大規模の百名も選出していただいただけでもありがたいのに、甘えた無理なお願い事を言ってしまい申し訳ありません。百合ヶ咲の援軍到着まで、我々自衛隊の底力をお見せします』
通話が途切れた。
電話を置いた校長はすぐにマイクを握る。
生徒会のメンバーが一斉に姿勢を正し、体育館の端で話を聞いていた自衛隊員たちも敬礼の姿勢となる。
「聞いての通りです! 最新の予報では夜明けまであと九時間と少し! これより二時間で出撃メンバーを確定し、残りの時間は明日に向けた休息の時間とします! 皆、しっかりと体を休めて百合ヶ咲のワルキューレとして恥じない戦いを!」
「「「はい!」」」
「では夢さん。後はお願いします」
「分かりました。……この後出撃メンバーを決定しようと思います! こちらで選ばせてもらった数名を除き、有志で志願してくれる者は、これより十分後に生徒会室まで! 規定人数に足りない場合、生徒会より各学年の成績上位順に出撃打診メールを送ります! それでも規定人数に達しなければ、ごめんなさい成績上位からメンバーに組み込むこととします! その他にも質問などあれば生徒会室まで! 解散ッ!」
夢がそう宣言し、生徒たちは様々な表情を浮かべて体育館と講義室から出て行った。
◆◆◆◆◆
それから二時間後。
出撃メンバーは確定し、作戦参加者に生徒会より詳細が記載されたメールが送られていた。
メンバーが決まったことで、男子生徒たちも動き出すことができる。
参加者からアサルトを預かり、教員も含めた総出で整備と改良に取りかかる。
また、食堂でも参加者に好きなものを無料で振る舞うという大盤振る舞いが見られた。
明日に向けて英気を養う者、最後の食事になるかもしれないと悔いが残らないように好きなものを食べておく者、仲良しグループでは出撃する者を送り出す小さな会のようなものまで開かれていた。
当然、出撃メンバーに名前を連ねている百合花も、食堂でハンバーガーセットを注文して明日からの戦いに備えていた。
ポテトとコーラで両手を塞いでいると、正面にお盆に載った特盛りラーメンが置かれる。
「見かけによらずジャンクフードが好きだよね。昔はよく一緒に食べに行ってた」
「樹こそ、今日もラーメンなの?」
くすりと微笑んだ百合花の対面に樹が座る。
持ってきたラーメンはトッピングをすべて追加した豪華版だ。出撃メンバーに名前があるからこそできる贅沢。
その横に座った千代はハンバーグとステーキとエビフライの三点盛りプレートを運んできて、遅れて百合花の隣に座った静香はシャトーブリアンの巨大な塊を目を輝かせて見ていた。
「これ、とてもじゃないけど高くて手が出せなかったんです! 死ぬ前に味わうことができて幸せだ!」
「縁起でもないこと言わないで静香ちゃん。約束しよう? 同じものを私がご馳走してあげるから、必ず生きて帰ってくるって」
「そう言われたら死ねません! 約束ですからね!? 私、覚えてますからね!」
顔を寄せて念を押すように静香が迫る。
仲睦まじい光景に笑った樹は、隣で肉を切り分ける千代に目を向けた。
「千代も。思えばずっとお世話されっぱなしだし、戻ってきたら労わせてよ。気になるって言ってた特大フルーツパフェを奢るよ」
「そちらは先日休みをいただいたときに友人と試しました。それに、私の役目は樹様を守ることです」
「堅いなぁ。素直に奢られろぉ」
頭をわしわしと揉んで髪型を崩すちょっとした嫌がらせをしていた。
「樹もね」
「んー?」
「約束しよう。樹がオススメするラーメンのお店に私を連れて行ってよ。お代は出すからさ」
「おっ、言ったな百合花~? ラーメン沼に沈めてあげるよ!」
手を取り合ってニヤリと笑い合う。
見える範囲では、葵と香織も並んで豪華な夕食を楽しんでいたし、遠くでは彩花と彩葉が瑞菜たち高天原女学院の面子に囲まれてやいやいと騒いでいる。その後ろでは杏華たち聖蘭黒百合学園のメンバーが、無言になって山盛りのスイーツを平らげていた。
今、食堂にいる者の大半が命をかけて東京で戦うワルキューレたちだ。
背中を預け合う戦友の顔を記憶し、自分にできることは少ないかもと思いながらも、ネームドワルキューレとして一人でも多くが生き残れるように力を振るおうと百合花が強く決心した。
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