第25話 絶望降臨
それは、突然だった。
いつもと変わらないお昼休みに集まって昼食を食べていた百合花たちに届く不気味な笛の音色。
その日のヘイムダルの角笛はどこかおかしかった。
普段よりも恐ろしく、壊れたような音色を奏でている。
そのことを不審に思うが、ホロゥの対処が優先なので急いでアサルトを持って学園を飛び出していった。
市街中央に出現した渦。それを取り囲むようにワルキューレたちが布陣し、非番のワルキューレたちも住民の避難誘導を行っている。
渦の向こう側からは、これまでにないほどの殺気が感じられた。
そのことに誰もが表情を引き締める。
渦を睨む殺姫と葵、香織が目を細めた。これに似た気配を鮮明に覚えており、まさかという考えが脳裏を過ぎる。
最大限の警戒態勢の前で、渦が割れた。ホロゥが出現する。
「くる! 目標のエネルギー量は!?」
『それが……計測不能! 機械がエラー数値を!』
「エラー!? どういうこと!?」
渦からはたくさんのホロゥが這い出してきた。
後方から確認した彩葉が、前方で戦う百合花たちに情報を伝える。
『目標小型ホロゥのタイプスパイダー! 数は二十!』
「スパイダーか。確かジャミング能力がある粒子を散布できたわね。その影響かしら?」
「……それにしてはおかしい気もするけど……」
だが、今は気にしても仕方ない。その場の全員でホロゥの殲滅を行う。
スパイダータイプのホロゥが厄介なのは、尻から放出するジャミング効果のある微粒子だ。これは、通信機器やアサルトの射撃機構に作用し、誤作動を起こさせる。
ただし、近接武器や効果範囲外にはなんの影響もない上、小さいし戦闘能力も低いのでスパイダータイプはたいした脅威ではなかった。
初心者が戦闘に慣れるための絶好の的とまで言われる始末。
わらわらと出てくるホロゥを潰していく。その場の誰もが、肩の力を抜いて警戒を緩めていった。
――ソイツは、そのタイミングで現れた。
渦が破壊された。大型の異形が飛び出してくる。
その影は、背中合わせで戦っていた二人の少女のすぐ脇を通り過ぎていった。
強風が少女の髪を揺らす。
「今のは!?」
振り向くが、そこには誰もいない。彼女の親友はいなくなっていた。
「レイア……?」
呼びかけるが、返事はない。
ただ、肩に手が置かれる感触があったので少女は呆れたように苦笑いする。
「もう。いくら雑魚相手でも今は戦闘中……」
肩から手を振り払うと、粘着質な音がした。
同時に、何か重たい金属が落ちる音がする。
「……え?」
見れば、地面には腕が落ちていた。
血の水たまりの中央に落ちている腕は、少女の親友が着けていたものと同じブレスレットを着けている。その横には、砕けたアサルトまであった。
「も、もうっ。冗談にしては……」
涙目で少女が顔を上げる。
真っ先に視界に飛び込んできた親友の姿は変わり果てていた。
血の涙を流し、左の眼球を牙に貫かれ、骨が砕ける音が響く。悲しみに染まった頭が真っ赤になった牙の向こう側へと消えていった。
ワルキューレを一人食い殺した怪物が唸り声を発する。
銀色の体に紫のラインが走った。
獅子の如き鬣と、骨に無理やり金属の肉を取り付けたような歪な肉体。体を走るラインは悍ましく輝き、血濡れの冷たい舌で少女の顔を舐めた。
深紅の瞳の中央に、少女の泣き顔が映っている。
「あ、あはは……やだ……やだよ……死にたくない……」
その言葉を最期に、少女は上半身を失った。
咆哮が市街に轟く。絶望は、自らの存在を誇示するように吼えている。
誰もが泣いて逃げ出していく。勝ち目のない戦いに挑んでも死ぬだけだとよく分かっている。
人類が遭遇したホロゥの中では、間違いなく最強クラスの存在。今まで誰も討伐に成功したことがない禁忌指定タイラント種で、神戸の町を滅ぼした生きる厄災。
葵と香織。そして殺姫と百合花も殺意を昂ぶらせた。
ホロゥと百合花たちの発する殺気に樹たちの足が竦んでしまう。
「――ずっと、この時を待ち続けていた……!」
「私の家族の仇! 差し違えてでも殺してやる!」
「楽に死ねると思わないことね! 首だけじゃなくて全身を引き裂いてやる!」
「覚悟しなさい! バルムンク!!」
四人が即座にバルムンクに迫る。
明らかに冷静さを欠いている四人に彩花が頭を掻いた。
「あぁもう! 樹ちゃん! 私と二人で四人を連れ戻すよ! 彩葉は後方から援護射撃! 他は互いを援護しつつ全力で撤退を!!」
「「「ッ! 了解!!」」」
『緊急通信! 現場にいるワルキューレ各員へ! アサルトを射撃形態にして時間稼ぎを! ただし、死んでしまうと判断すればその時点で撤退しなさい! 生き残ることを最優先に考えて!』
『自衛隊のワルキューレが来ているそうです! もう少し耐えて!!』
新世代と射撃アサルトが使える旧世代を残して撤退を始める。
が、それをバルムンクは逃がさない。
とりあえず自分に一番近い葵と香織を右前肢の一振りで吹き飛ばしてビルにめり込ませると、百合花と殺姫を飛び越え、逃げるワルキューレたちを追いかけた。
退路を塞ぐように回り込み、一人を食いちぎってさらに一人をなぎ払ってミンチに変貌させ、衝撃で転倒した二人を踏み潰した。
逃げ道を断たれた生き残りが諦めてその場に座り込んでしまう。そこにバルムンクが襲いかかり、犠牲者は次々と増えていった。
殺姫が葵と香織の容態を確認する。
二人とも、アサルトが破損してその破片やビルの石材などが体に刺さっていた。全身から出血して気を失っているが、まだ治療すれば命は助かる。
ここは悔しいところだが、殺姫は二人の救助を優先した。
その間に百合花がバルムンクに走る。百合花のアサルトがリリカルパワーで眩く輝く。
樹に殺姫の支援に向かうように指示を出した彩花がバルムンクに向かっていく。
負ける可能性しか考えられない絶望的な戦い。それでも、一人でも多くのワルキューレを生かすために、はたまた心を焦がし続ける憎悪の昏い焔のために、命を賭して厄災に挑む。
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