第24話 高度訓練

 百合花と静香が町で遊んでいる頃。

 百合ヶ咲の地下をふてくされたような顔の樹が歩き、わずかに後ろを千代が付いていた。


「むー、百合花ったらあたしを置いて遊びに行くなんて」

「静香様と一緒ですから。友だち同士、同じ部屋の仲間同士で交流を深めるのも大事です」

「あたしだって友だちでしょ!!」

「樹様は幼少期から多くの時間を過ごしたではないですか。ここは静香様に譲りましょうよ」


 ブツブツと文句を言いながら地下の闘技場に入った。

 ホロゥとの疑似戦闘プログラムで憂さ晴らしをしようかと思っていたのだが、そこには既に先客がいる。


「っ! あれ……!」

「樹様? ……あぁ、殺姫様ですね」


 全方位から迫るホロゥのプログラムに、正確な斬撃を飛ばしてスコアを伸ばしている少女、殺姫。

 時に強く、時に軽やかなステップでアサルトを振るい、ホロゥの首だけを正確に刎ねていった。どれだけの時間やっていたのか、動く度に汗が散る。

 やがて制限時間が切れた。訓練が終了し、プログラムが消える。

 軽くスポーツドリンクを口にしてもう一度訓練を始めようとしたので、樹が後ろから声を掛けた。


「相変わらずえっぐい戦い方ね。首だけを狙うだなんて」

「ごきげんよう殺姫様」

「……あぁ、樹さんと千代さんね。ごきげんよう」

「あんた、今一瞬あたしの名前を忘れてなかった?」


 樹の指摘を否定し、アサルトを地面に突き立てる。

 そっと大鎌の刃を撫で、クスリと妖艶に笑った。


「私のアサルトは鎌。首を刈り取ることに特化しているのでね」

「こっわ……」

「なんていうのは冗談ですよ。でも、今のリアクションは四十点なのでもっと頑張ってください」

「やっぱりあたしあんた嫌いだわ」


 どうにも合わない殺姫と樹。

 だが、その様子からどこかで似たような感覚を感じた千代はニコニコしている。

 肩をすくめて訓練を始めようとする殺姫。だが、指がスタートのパネルに触れる前に止まり、手を打った。


「では、私のことが嫌いな樹さん。私のことを撃ってください」

「はぁ?」

「ついでに千代さんも。千代さんがガトリングガン、樹さんがリリカルパワーで私を攻撃してください。私は、二人の攻撃を躱しながらホロゥを狩りますから」


 同意を取る前に殺姫が訓練を始めた。

 ホロゥのプログラムが出現し、慌てて樹と千代がアサルトを構える。

 すごい早さでホロゥの首を落とす殺姫。二人はどうしようかと考えるが、言われたとおり殺姫を攻撃し始めた。

 千代が放つ無数の弾幕。その合間を縫うように強烈な一撃を樹が叩き込む。

 殺姫は、迫る弾丸に対して仕留めたホロゥを連続して盾に使うことで生存領域を作り出し、樹の攻撃は予兆を見切って体を捻ることで回避した。そのついでに宙返りしながらホロゥをまた一体始末する。

 針の穴のような隙を瞬時に見つけて行動に移している殺姫に驚愕しかない。

 これは面白いと樹は攻撃の数を増やしてみることにした。

 倍の光線を飛ばし、時折フェイクも混ぜて仕掛ける。

 最初の何回かは殺姫もフェイクに引っかかり、どうにかアサルトで防ぐといった行動を取った。が、後半になるとそれも完全に読み切ってすべてを回避する。

 終了まであと少し。そんな時、殺姫はホロゥを足蹴に二人に迫った。

 思わず千代がアサルトを盾に変形して樹を庇う。が、殺姫はその横を通り抜けて迫っていたホロゥを両断した。

 ホロゥの体が弾けると同時に訓練時間が終わる。


「ふぅ。お疲れ様でした。さすがはお二人ですね」

「有効打なしでそれは嫌味に聞こえるわね」

「わたくしたちの連携は自信があったのですが」

「今のを躱せなければ五十点にも届きません。でも、途中のフェイントは助かりました。実りある訓練になりましたよ」

「そう。……そもそも、何を想定してこんな訓練を?」


 途中から疑問に思っていたことだ。

 今のは、明らかに飛び道具を使ってくるホロゥを意識した訓練だ。それもかなり強力な敵を想定しているらしい。

 そんな化け物がいるのかと考えたくもないが、殺姫は何か知っていると樹は考えている。


「放電を。放電能力のあるホロゥと敵対したときのために」

「放電!? いや、そんなホロゥいないでしょ!」

「五十点。ホロゥのことをよく知っているみたいですが、いるんですよ。実際に電撃を飛ばしてくる奴が」

「そんなわけ……いや待った。特型ならあり得るのか……」


 訳の分からない能力を持っているのが特型ホロゥだ。先日の個体のような超加速というふざけた力を持っているような奴もいるし、放電能力を持っている個体がいてもおかしくはない。

 そんな樹の考察を殺姫が笑う。


「もっと大きいですよ。多分、あいつは特型とか関係なしにそういう力を持っているものと」

「そんなのいるんだ……」

「ええ。だから、気をつけてくださいね。嫌かも知れませんが、その時は面倒ですけど助けてあげます」

「一言多いのよ!」


 またしても殺姫と樹がいがみ合う。

 殺姫の挑発は、再び同じような訓練で樹が殺姫を攻撃することで晴らされていった。


 時折出現するホロゥを討ち、仲間たちと平穏な学生生活を送る。

 ゆっくりとした穏やかな時間が百合ヶ咲学園を包んでいた。













 だからこそ。

 突如として絶望が襲ってくるなど誰も想像できなかった。

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