第26話 敗戦

 近くで見るとさらに恐怖が増す。震える体を無理やりに抑えながら彩花がバルムンクへと攻撃を仕掛けた。

 前肢に一撃を叩き込む。が、リリカルバーストを発動中のバルムンクに傷一つ付けられない。

 潰されそうになったので体の下を滑って攻撃を回避した。

 通り過ぎると同時に歯ぎしりする。心のどこかで考えていたことが現実になった。


「こいつの腹と右後ろ脚の修復痕……! どっちも葵が傷を付けたって場所と同じ!」


 つまりこいつは、神戸戦役を引き起こしたあの時のバルムンクと同一個体――リターンホロゥということになる。

 バルムンクの知性は高い。わざと戦意を失ったワルキューレたちの近くを移動することで、射撃手に精神的なプレッシャーを与えていた。

 背後から百合花が迫る。


「よくもやってくれたわね! お前のせいでどれだけの悲しみが!!」


 神戸戦役で散った分家の人たちを思い浮かべて、刃に殺意を乗せる。

 攻撃はバルムンクに回避される。が、ワルキューレたちから引き剥がした瞬間、この機を逃すまいと後方から無数の射撃が襲いかかる。

 ビルを巧みに使って射撃を回避される。が、さすがに広範囲を吹き飛ばすほどの弾幕を無傷で切り抜けることはできず、脚に何発か被弾していた。尤も、それですら焦げ目にしかならないのだが。

 百合花を追って彩花もバルムンクとの距離を詰める。

 仮初めの安全を確保したところで、殺姫に樹が合流する。

 気を失った葵と香織を背負い、すぐに戦場からの離脱を試みた。

 遠くからヘリコプターのローター音が聞こえてくる。自衛隊のワルキューレたちを乗せた輸送ヘリだ。


「百合花ちゃん! 引き返して!」

「できません! こいつはここで!」


 下からの切り上げをバルムンクが回避し損ねた。

 頬に薄い切り傷が刻まれ、バルムンクの瞳に怒りが灯る。その怒りを体現するように強く恐ろしい咆哮が放たれた。

 バルムンクの背中に付いているブースターのような部位が青白い輝きを発する。遠目でそれを確認した殺姫が、届くことを祈って全力で警告を飛ばす。


「百合花さん今すぐ離れて!!」


 バルムンクが前の片脚を振り上げた。咄嗟に危険を察知して百合花と彩花が飛び下がる。

 だが、バルムンクの攻撃は予想の斜め上をいっていた。

 脚が叩きつけられると同時に、青白い稲妻が荒れ狂う。雷撃に体を打たれた二人が吹き飛ばされて近くの建物に激しくぶつかった。


「な……!? こんな……!」

「放電……能力……!?」


 遠くにいた彩花はどうにか動くことができるが、ほぼ直撃に近い百合花は全身が麻痺状態だ。ピクリとも体を動かせない。

 舌なめずりをしたバルムンクが百合花に牙を突き立てた。臓器を貫かれ、口から血が濁流のように溢れる。


「百合花ちゃん!」

「――百合花から離れろぉぉぉぉ!!!」


 ヘリコプターから飛び降りた白金髪の女性。

 百合花の姉、西園寺神子がリリカルパワーを足場にさらなる加速でバルムンクに迫る。

 バルムンクは百合花を放り捨て、危険だと判断した神子から距離を取ろうとした。

 が、妹をやられて怒りに燃えている神子がそれを許さない。目で捉えることができない速度で移動して連続攻撃を叩き込む。

 有効打にはならない。しかし、連続すれば話は別だ。

 小さな傷はやがて小さなヒビとなり、その小さなヒビが繋がって体が少しずつ砕けていく。

 バルムンクが焦ったような行動を見せる。次の瞬間には、宙返りをしてブースターを光らせながら激しく叫んだ。

 無数の落雷が神子の行く手を阻む。

 攻撃が途切れた一瞬でバルムンクは加速。神子を弾いて吹き飛ばした。

 しばらくの時間を稼いだバルムンクは、百合花を背負って逃げようとしている彩花を見つけた。姿勢を低くし、稲妻の力を利用して加速する。

 その爪と牙が二人を引き裂こうかというとき、ドローンが両者の間に割り込んだ。

 ドローンはビームを放出し、怯んだバルムンクに自衛隊のワルキューレが攻撃を仕掛けて二人が逃げる時間を稼ぐ。


「あれは!?」

『気にしている暇があれば一歩でも逃げなさいよ!!』

「アイリーンの新型アサルトね! 助かった!」


 二人を追わせないという強い意思でワルキューレたちが壁を作る。

 バルムンクが目を深紅に染め上げた。前両脚を地面に叩きつけ、雷撃を帯状にして拡散する。

 壁は一瞬で崩れた。大勢が雷の威力に打ち倒され、百合花たちへの道が作られる。

 バルムンクが再度加速の構えを見せ、勢いよく飛び出す。

 背後から迫る殺気に彩花が天を仰いだ。

 なんの守りにもならないことは分かっている。それでも、百合花を抱きかかえるように体を丸めた。


「彩花……様……!?」

「……一人は寂しいもんね。いいよ」

「なに……を……!? 早く逃げ……」

「心配しなくてもいい。私も……一緒に死んであげる」


 百合花を見捨てれば、生き残ることはできる。それでも、彩花が選択したのは百合花と一緒に死ぬ道だった。

 目を固く閉じ、迫り来る死を震えて待つ。


 ……が、痛みは襲ってこない。

 痛みを感じる暇もなく即死したのかとも思ったが、目を開けると変わらない光景が広がっていた。不思議に思って振り返り、理由を理解する。

 あと数ミリまで迫っていたバルムンクの爪。そのまま二人を刺し貫くことなく、不自然に動きを止めている。

 次の瞬間、バルムンクの体が光に包まれた。体が輝く粒子となって虚空へと消えていく。


「ははっ……活動限界か……助かった」


 一気に肩の力が抜け落ちた。

 バルムンクが完全に消えた。戦闘が終了する。

 すぐに自衛隊が駆けつけ、ワルキューレ部隊と共に事後処理に当たる。神子もその仕事があるのだが、副隊長の女性にすべて任せて救急治療室に運ばれていく百合花に付き添った。

 百合花が運ばれる際、関わりの深かった静香たちは顔面蒼白だった。一緒に行こうとしたのだが、救急隊員に止められている。

 静香たちは、暗く沈んだ気持ちで学園へと戻っていく。


 バルムンクの急襲となった今回の戦闘は、住民に一人の犠牲も出なかったと考えると奇跡的なものだ。ワルキューレの戦死者は少なからず出てしまったが、通常、禁忌指定タイラント種が出現すると今回の数十倍は死者が出る。そう考えるとまだ犠牲は少ない方だった。

 しかし、将来的な目で見るとバルムンクは深刻な被害を与えていった。

 生徒たちの中にバルムンクの凄まじい強さを目の当たりにして戦意を喪失する者が多く現れた。ホロゥとの戦闘自体を恐れる者や、自主退学を希望する者まで現れ、学園と生徒会が対応に追われることになる。

 その一番大きな要因は、日本守護の要でもある御三家のワルキューレたちですら圧倒されてしまったという事実であった。

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