第22話 大浴場で
彩花たちを誘って夕食にした後、百合花は着替えを持って大浴場に来ていた。
一緒にと静香も誘ったのだが、本人曰く「憧れのワルキューレの皆さんと一緒にお風呂だなんて体がもちません!」と鼻血を垂らしながら断られてしまったので一人だ。
ちなみに、樹は彩花たちと今も談笑中で、千代はその付き添い。香織も葵と楽しい時間を過ごしている。
体を洗って湯船に体を沈める。乳白色の温かいお湯が全身に染みた。
「んんっ、はぁ~」
完全に力を抜いて快楽に身を任せた声。
手足を思い切り伸ばしてリラックス。足先でちゃぷちゃぷとお湯を切って遊ぶ。
普段見せないような百合花の姿に、大浴場にいた他の一年生たちが集まってきた。
「ご、ごきげんよう百合花さん!」
「ご一緒してもよろしいですか?」
「わたくしも! ぜひ百合花さんのお話を聞きたいです!」
数人に囲まれて少し驚く。
ただ、悪い気はしないから快く歓迎した。
「もちろん。でも、そんな堅い話し方じゃなくていいよ。同級生なんだから」
もっと気楽に打ち解けて話してもらえるように百合花も話し方を考える。
最初のうちこそ緊張気味だった人もいたが、時が進むにつれだんだん砕けた口調に変わってくる。
変に敬語を使われるより、親しげに話しかけてくれた方が楽だった。
「百合花ちゃん。やっぱり神子様って強いの?」
「強いよ。でも、まさか禁忌指定種を倒しちゃうとは思わなかったけどね」
「本当にすごいよね! 私もいつかあんな風になりたい!」
「みのりはもっと訓練頑張らないと無理でしょ」
「あーっ、レイアが意地悪言った!!」
きゃいきゃいと騒ぐ集団。
大浴場は広いので声が響く。騒いだことで話の内容に興味を持った他の生徒たちも集まり、さらに輪が大きくなっていった。
「そういえば、今日の百合花さんすごかったみたいだね!」
「そうかな?」
「うん! 先輩方が苦戦していたホロゥを目にも止まらない早さで切り倒したって!」
「えっ、すごい!」
「あれくらい、皆もできるようになるよ。もしよかったら今度コツを教えてあげようか?」
「「「ぜひ!!」」」
憧れの視線が一斉に百合花に向けられる。
そのことに百合花が戸惑いを感じていると、ふと一人が漏らした。
「惜しいなぁ。百合花ちゃんがもっと大きければ」
「え?」
「いや、ごめんなさい。百合花ちゃんみたいに強い人がもっとあの戦いに参加していたらって考えると……」
「この子、琵琶湖血戦で妹が逃げ遅れて殺されちゃってるの。それで……」
「……そういうこと。……ただ、一つ辛いことを言わせてもらうと、私みたいなワルキューレがもう少しいても、あまり変わらなかったかも」
少しだけ暗い話で場が静まったところで百合花が一息ついた。
「じゃあ、ごめんね。私はそろそろあがるわ」
「お話ありがとうございました!」
周りにいた全員がお礼の言葉を口にした。
百合花が湯船からあがる。その瞬間、百合花がしまったといった顔をして他の全員が目を見開いた。
頬を掻き、何人に見られたのか確認して口元を人差し指で塞ぐ。
「これは、できるなら誰にも話さないでね」
「「「はい……」」」
「あ、それとね」
百合花が、妹を亡くした少女に背中で話す。
「私もいたんだよ、あそこに。助けられなくてごめんね」
ハッとした顔の少女を置いて脱衣所に戻る。
素早くバスタオルを巻き、下着を取り出していると横からガラス瓶が飛んできた。
果物を持った笑顔の牛が描かれた瓶。そして、声が掛けられる。
「やっぱり痛ましいですよね、それは」
「……殺姫ちゃんか」
バスタオルを巻いてフルーツ牛乳を飲んでいる殺姫がいた。
百合花が渡されたフルーツ牛乳と殺姫が飲んでいるフルーツ牛乳を見る。
「よく分かったね。私がお風呂上がりにこの企業のフルーツ牛乳を飲むのが好きだって」
「……ここにはいつものメンバーがいないから。だから、百合花さんならもう分かっていると思って」
「……やっぱり、そうなんだね」
百合花が殺姫に感じていた違和感の正体。それが確信に変わる。
昔の百合花を知っているような話し方。風呂上がりのフルーツ牛乳。
親しい樹でも知らないような事を殺姫は知っている。特に、フルーツ牛乳に関しては西園寺家の人間を除くと、知っているのは二人だけだ。
一旦下着を置いて真っ直ぐ殺姫の目を見る。
「どうして? でも、その前にどうやって……?」
「……あの日、殺される寸前だった私はお姉ちゃんに助けられた。それで生き残ったんです」
「そう、だったんだ。……それは、復讐のために?」
「ええ。これが百点の行動じゃなくても、私にはこれしかない。だからあの時、私はあいつを殺す復讐鬼、神楽坂殺姫に名前を変えたの」
そういうことかと百合花が目を閉じた。
二人でパジャマ姿に着替える。
それから、人気がない座れる場所に移動してフルーツ牛乳を呷った。
虫の声だけが聞こえる空間で、ゆっくり殺姫がこれまでのことを話す。それを、百合花は黙って聞き届けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます