第21話 二人の料理人

 学園に特型ホロゥの詳細を報告した百合花と樹は、それぞれの部屋に戻った。

 ただ、百合花は部屋に戻る前に一階の購買に立ち寄ってお菓子を購入する。かなり激しく動き、動体視力と脳を酷使したために糖分を求めていた。

 小粒のチョコレートがたくさん入ったお菓子を買い、一緒にスポーツドリンクも買った。

 食べ歩きは禁止されているが、バレないようにこっそりと数粒チョコを口に放り込んで階段を上がっていく。

 自分の部屋がある階にまで上ってくると、良い香りが漂ってきた。

 匂いの元を探っていくと、共用キッチンに到着する。そこでは、二人の少女がフライパンを振っていた。

 楽しそうに会話しながら料理をしている静香と香織に、百合花が後ろから声を掛ける。


「珍しい組み合わせだね。何を作ってるの?」

「あ、百合花さん! 今、香織さんと一緒に夕食の準備をしているんですよ!」

「葵御姉様に持っていこうかなって。それで、ばったり静香さんと……」

「そうなんだ。何を作っているの?」


 コンロの鍋を確認する。


「えーと、ハンバーグにポテトサラダ。本格ナポリタンにスープ!?」

「葵御姉様はいつもたくさん食べるから……」

「量もすごいけど、内容はさらにすごいわね。香織ちゃんって料理人とかできるんじゃない?」

「お母さんがお弁当屋さんをしていたから小さいときから料理を少し。さすがにお店には出せない味だけど……」


 遠慮がちに香織が言う。

 香織の許可を得た百合花は、ポテトサラダをスプーンで一口分すくって口に運んだ。


「うん、やっぱり」

「やっぱり、ダメですよね?」

「とても美味しいよ! この見た目で美味しくないは絶対に嘘だと思った! 昔、父さんに連れて行ってもらったお店のものより美味しいもん!」


 お世辞抜きの称賛に香織が照れて口元を隠す。

 このままスプーンを持っていては、次々と食べてしまいそうだと思った百合花がスプーンを洗って食器乾燥機に放り込む。

 と、次に静香が作ったものに興味が移った。


「静香ちゃんは何を?」

「これですよ!」


 見せたのは、フライパンと大きな鍋。鍋からは、誰もが知っているあの香りが溢れていた。


「カレー?」

「そうですよ! たくさん作ったから百合花さんも一緒にどうですか!?」

「ありがとう。……それにしても、珍しい作り方をするのね」


 百合花が隣のフライパンを見ながら呟く。

 カレーとは別に、牛肉と玉ねぎを炒めていた。

 百合花の知るカレーの作り方は、具材を煮込んでからカレーのルーを投入するというもの。先にルーを入れて後から具材を投入するやり方は初めてだ。

 だが、静香が首を振った。キョトンとしたような顔を見せる。


「これ、別ですよ? カレーはもう完成です」

「え、じゃあこれ……」

「牛丼です!」

「……牛丼?」

「牛丼」


 まさかご飯ものを二つも作っているとは思わなかった。

 小柄な体に似合わず大食いだなと思っていると、目の前で静香が奇行を見せる。

 なんと、牛丼のフライパンにカレーを流し込んだのだ。これには百合花も一瞬自分の目を疑う。


「何やってるの!?」

「カレー牛丼ですよ! 人気と人気のコラボは無敵!」

「カレー牛丼……?」

「カレー牛丼」


 もう何を言ってよいのやら分からなくて苦笑いをする。

 楽しそうにフライパンを振るう静香を見ていると、そっと香織が百合花の隣に立った。


「あれ、結構美味しいんですよ」

「そうなの?」

「うん。一昨日の夜中に味見させてもらったけど、お互いが味を生かしていてすごく美味しかった。普通に作るときよりも細かい味の調整がされているんだと思います」

「そうなんだ。じゃあ、私も食べてみようかな?」


 香織が言うのだから間違いではないだろうと思う。

 お茶碗に少しだけご飯を盛り、静香に頼んでカレー牛丼をかける。

 どんな味がするのかと戦々恐々としながらお箸で持ち上げ、一口食べてみた。


「……美味しいのがすごく悔しい」

「でしょ!? 気に入ってくれました!?」

「気に入りそうな自分も悔しいよ」


 想像以上に美味しかったカレー牛丼に百合花が笑う。

 少量だったためにあっという間に食べ終わり、茶碗とお箸を洗ってこれも食器乾燥機へ。


「二人はよく料理を作るんだ」

「はい! 香織さんにいろいろ教えてもらうんですよ!」

「私も、静香さんの独特のアイデアは勉強になる」

「ただ、作りすぎちゃうのが問題なんですよね~。今日だって分量を完全に間違えちゃいましたし」

「葵御姉様も、さすがにこの量は食べきれないかも……」


 香織が作った分に加え、静香のカレー牛丼までいくと葵でも無理。

 百合花も一緒に食べさせてもらうとしても、全部食べ切るには多かった。

 小分けして冷蔵庫に保管しようかとも考える。が、共用なのでカレー牛丼を詰めたパックでいっぱいにするのも悪い気がした。

 一度食べれば美味しいのだが、初めて見る人は手を出しにくいだろう。すると、いつまでも残ることになる。

 どうしようか考える。すると、キッチンに樹が入ってきた。


「あれ、皆揃ってるじゃん」

「あら樹。……それは?」

「カップラーメン。新作の味噌豚骨味だよ!」


 三食ラーメンで済ましてしまいそうな樹に百合花が呆れ、無言でラーメンを没収した。さすがに体に悪すぎる。

 すぐに千代を呼んでラーメンを預けると、いじける樹と千代にも声を掛ける。


「皆で食事にしない? どうせなら彩花様と彩葉様も誘って」

「でも、一年と二年の部屋移動は禁止じゃなかった?」

「中央棟なら自由に交流できるよ。食事も禁止じゃなかったし、二年生の先輩と三年生の先輩が一緒に食事しているのもよく見るよ」


 そうと決まればすぐに準備する。

 百合花と千代が追加の材料を買いに行き、静香と香織は料理の準備をする。そして、その間に樹が彩花と彩葉に連絡を取っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る