第15話 決闘
百合花の背後から迫る影。その気配には気づいていたので、肩を叩かれても特段驚きはしない。
百合花たちが振り返ると、そこには殺姫がいた。
「ごきげんよう百合花さん。お仲間三人と仲良しごっこでここへ?」
先日話したときとは口調が違う。周囲に人の目があるからこその
「学園を見ておきたくて。施設が多いから迷わないようにね」
「八十点の行動ですね。事前に場所を把握しておくことは大切ですもの」
でも、と殺姫は目を細くして隣にいる樹を流し見た。
「付き合いは選んだ方がいいと思いますよ。将来のためにも」
「……どういうこと?」
自分のことだと分かった樹が声を低くして尋ねる。一触即発の空気が流れた。
千代と百合花が止めようとするがわずかに遅い。殺姫が上からの態度を崩さずに話し続ける。
「分かってるのでは? 貴女、強いけどもう頭打ちだって。そちらの二人よりも伸びしろはない。それでまだ私には届かないんだから」
「言ってくれるわね……! あまりこういうのは好きじゃないけど、あたしだって東郷よ。これまでに倒してきたホロゥだって普通のホロゥとは格が違う!」
「そういうの、禍神と戦ってから言ってもらえるとねぇ」
「禍神……!?」
「おっと失礼。これは当事者だけの秘密でした。失言とは、十点もない行動ですね」
何気なく漏らした殺姫の言葉。千代だけは、その言葉に百合花がわずかな反応を見せたことに気づいた。
そのことを聞いて良いか迷っている。しかし、聞くまえに樹と殺姫の言い争いは激化していた。ついには樹がアサルトを起動させる。
「じゃあ、実力を見せてあげるわ! 後悔させてあげる」
「プライドをへし折るようで申し訳ないと思うわ」
「何ですって!」
「だって負けるはずないもの。あの地獄を経験していないお子様にはね。なんなら、私が負けたら裸で犬の真似をしながら学園を三周してあげますわ」
殺姫の挑発に樹がさらに憤る。
殺姫がアサルトを起動させた。恐ろしさを感じさせる三日月の鎌の形をした鋭利な近接アサルト。確認できる銃口の形状から察するに、殺姫の遠距離形態は百合花と同じ、高火力の単発銃らしい。
大鎌を巧みに操り、戦闘の構えを整える。
「私はね、あいつらの首をこれで切り裂くまで負けるつもりはない。もし負けたら、0点の私に価値なんて残らないもの」
「さっきから何を……!」
「来なさいよ。力の差を教えてあげる」
殺姫が挑発するように手招きをする。それが試合開始の合図となった。
最初から全力で向かっていく樹。双剣からリリカルパワーをビームにして撃ち出す。第三世代ならではの戦い方だ。
ビームは地面を抉り、砂埃を巻き上げる。殺姫の視界を完全に奪うことに成功した。
姿勢を低くして迫る。砂埃の中に人影を確認した瞬間、樹が両手に力を込めた。素早く何閃もの攻撃を連続で放つ。
……そう、想定していたのだが上手くいかなかった。一撃目が当たる瞬間に殺姫はアサルトを変形させる。刃が無数に付いた攻撃的な盾の形状になった。
盾で樹の攻撃を弾く。続いて形状を大鎌に戻して樹の前から消えた。
「――知りなさい。第三世代よりも新世代が強いって」
殺姫の声は、樹のすぐ後ろから聞こえた。耳元で囁く距離まで迫っている。
下から振るわれる三日月の攻撃。剣を一本ぶつけることで自らを弾かせた樹が距離を取る。脳裏に、首を飛ばされる嫌なイメージが浮かんだ。
地面を転がり距離を取る。が、起き上がってさらに一歩下がると背中に硬い感触があった。
「うそ……」
「はい、チェックメイト」
樹の背中に銃口を押しつけた殺姫が引き金を引いた。
空砲ではあったが、炸裂した火薬の衝撃波で前に倒される。起き上がろうとするが、首の後ろに大鎌の刃を添えられた。
「どう? まだやるつもり?」
「ッ! ……あたしの負け、よ……」
悔しさを滲ませる声で樹が絞り出す。
成り行きを見ていた周囲からは驚きの声が漏れている。まさか、樹が負けるとは思っていなかった者がほとんどだった。
そして、百合花は別のことで目を見開いている。殺姫の戦い方とアサルトに、懐かしさを感じた。
「殺姫ちゃん……まさか……」
「見てくれましたか百合花さん!? どうです!? 九十点くらいはありますか!?」
喜びでキャラを崩した殺姫に、百合花の思考は遮られた。周りも、いきなりの変貌ぶりにキョトンとしている。
そのことに気づいたのか、殺姫は咳払いをして調子を戻した。
「ま、まぁこれで私の方が強いと証明できましたね」
「く……っ!」
「勝者から一つ言わせてもらうと……貴女、少し百合花さんから離れては? いつもくっついていて百合花さんが迷惑そうです」
「え!? 私そんなこと思ってないよ!?」
「あら、そうでしたか。それはそれはごめんなさいね。私、勘違いで樹さんのプライドだけをへし折ってしまいました」
「きーっ! やっぱりあたしあんた嫌いだ!!」
樹と殺姫がいがみ合う。
この二人は大丈夫だろうかと不安を抱えながら、百合花たちは樹を連れて闘技場を後にした。
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