第16話 神戸戦役
殺姫たちと別れ、地下から地上へと戻ってきた百合花たち。ただ、上に上がっても樹は不機嫌なままだった。
先ほどの試合で殺姫に負けてしまったことが相当に悔しい。圧倒的な力の差を見せつけられた上に、百合花との関係さえもバカにされたような気がしてならなかった。
頬を膨らせて拗ねている。百合花たちもどう声をかけるか迷っていた。
「ねぇ樹。大丈夫?」
「あいつ、絶対友だち少ないわ。あたし絶対仲良くできないわ」
「あはは……。でも、殺姫ちゃんだって話してみれば案外印象変わってくると思うよ?」
「……思ったんだけどさ、百合花って殺姫に甘くない? 殺姫も殺姫で百合花に執着があるみたいな感じだったし」
「樹様。嫉妬とは可愛いですね」
「はあぁぁぁっ!?」
「千代さん!? そんな樹さんの逆鱗に触れるようなことは言っちゃダメですよ!」
「あんたも言うようになったわね静香!」
「ひぃぃぃ! ごめんなさい!」
ギャーギャー騒ぐ樹たちに百合花が苦笑を漏らした。
憤慨する樹をなだめながら、表情を暗くする。辛そうな作り笑いを浮かべながら、過去を懐かしむような声音で理由を話し始めた。
「初めて殺姫ちゃんと話した時に思ったの。似てるなって」
「似てる?」
「うん。樹も千代ちゃんも、静香ちゃんも多分知ってるよね? 西園寺家はいくつか分家があるって」
「うん。京都に西園寺、大阪に御劔、奈良に九条、……そして、神戸戦役で全滅した兵庫の五十嵐……」
「……え、まさか……」
「五十嵐皐月ちゃんって子がいてね。すごく仲良しだったんだ。……バルムンクに殺されちゃったけど……」
琵琶湖血戦に続く被害を出し、神戸の街を破壊し尽くして多くのワルキューレの命が奪われた三年前の戦い。それが神戸戦役だ。
琵琶湖血戦の影響で西日本のワルキューレの運用に影響が出ていた時に起こったこの戦い。ここまで被害が大きくなったのは、出現したホロゥが最悪の個体だったからだ。
禁忌指定タイラント種のバルムンク。過去に討伐成功報告がなく、クラーケン等の通常のタイラント種とは別次元の戦闘能力を有する強力な三種類のホロゥの一体だ。
ホロゥには活動時間がある。ある一定の時間が経過すると自然にどこかへと消えていくのだが、国連は、この禁忌指定タイラント種に遭遇した場合は遅滞戦闘を推奨していた。大抵は制限時間を迎える前に討伐することができるのだが、禁忌指定タイラント種に関しては時間切れまで逃げ延びろというのが共通の認識になりつつある。
朱雀。タイタン。バルムンク。禁忌指定されているのは、そう呼ばれる三体だった。
神戸に出現したバルムンクから一人でも多くの人を逃がすため、五十嵐家は皐月とその姉、そして母の三人で時間稼ぎを挑み、そして全員殺されたと百合花は聞いていた。
「でもね、殺姫ちゃんのアサルトとあの戦い方はすごく見覚えがある。私たちが注意を引き付けたホロゥの背後に素早く回り込んで首を切り飛ばす。皐月ちゃんもそんな戦い方だった」
樹がさっきの試合を思い出す。
気がつけば背中に回られていて、三日月の鎌は真っ直ぐ首を狙っていた。恐らくは寸止めするつもりでゆるりと遅く振るわれていたから対処できたものの、本気で殺すつもりなら刃は間違いなく首を切っていた。
百合花の話では、皐月のアサルトも同じように攻撃特化の大鎌型のアサルトで、単発式のライフルと攻撃にも使える盾が特徴的だったらしい。殺姫が使ったアサルトと比べると盾の形が似ているだけでそこまで刃はついていなかったが、後からオプションで取り付けたものと仮定すると二人のアサルトは瓜二つだとか。
皐月のアサルトは百合花のアサルトと同じメーカーが作った特注品。そのため、世界に似ているものすらも二つとないはずだった。
「だから、もしかしたらって淡い期待を抱いたの。本当は皐月ちゃんは生きていて、何か理由があって名前を変えているだけなんじゃないかって」
「そう、だったんだ……」
「うん。それで、自然と甘く接してるのかもしれないんだ。気に障ったのなら謝るよ」
「そう聞いちゃったら、もう何も言えないわよ」
ふいっとそっぽを向く樹。
自分だけが覚悟が甘かったのではないかと痛感する。殺姫に言われたお子様という言葉が意味するものに気がついた気がした。
百合花は友だちを失い、禍神という言葉が事実なら殺姫もとんでもない死線を潜り抜けてきたのだ。特に百合花は、琵琶湖からも神戸からも近いため、神戸戦役も琵琶湖血戦も話でしか聞いていない樹とはまったく違う視点で二つの戦場を見たことだろう。
自惚れていたかもしれないと反省する。百合花たち最上位に位置するワルキューレたちは、ホロゥがもたらす被害と悲しみというものを知っているからこそのあの強さなのだと改めて分かった。
自分ももっとしっかりしなくてはと樹が気合いをいれる。そうしていると、ふと足音が二人分近づいてきた。
「神戸戦役?」
百合花たちが振り向く。そこにいたのは、一年生と二年生の二人組だった。
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