第12話 クラーケン撃滅戦

 校内放送は最悪の状況を伝えていた。

 接敵した三人が戦死という凶報。市街に進行を続けるクラーケンを誰が迎撃するかで混乱状態にあった。

 死人が出たことで誰も自分から動こうとは思わない。ワルキューレとはいえ、彼女たちはまだ高校生なのだ。抱く恐怖は当然である。

 さらに、百合ヶ咲の司令部も出撃できるワルキューレを過去に大型以上のホロゥを単独で五体以上討伐したことがある者のみと制限を付けていた。これ以上犠牲者を出すことは絶対に許されない。

 司令部からの条件に当てはまる者など、百合花たち御三家や一部の実力者ワルキューレのみ。司令部としての考えは、このまま自衛隊のワルキューレの到着を待って討伐してもらうことにあった。

 既に鎌倉常駐の陸上自衛隊の戦闘車両は射程内にクラーケンを捉えている。戦車では倒すことはできないが、足止めくらいにはなるはずだ。

 市街が吹き飛ぼうと進行を阻止する。その強い気持ちでまだクラーケンが海岸沿いでいるうちに射撃が開始された。

 派手な爆発音が聞こえてくる。しばらくすると、我慢の限界とでもいうように彩花が百合花の手を引いた。


「百合花ちゃん来て! 私たちであいつを討つ!」

「え? は、はい!」

「じゃあ、あたしも……」

「樹ちゃんは待機! 万が一も考えて、ここは第三新世代の私と百合花ちゃんでいく!」


 司令部にこれまでの功績と自衛隊を待っている余裕はないという二つの理由で出撃を認めさせた彩花が百合花を引き連れて学園を飛び出した。

 住居を足場に海岸まで一直線に向かう。百合花たちを確認したことで、自衛隊の戦車は攻撃を中止し一ライン後退した。

 眼前に迫ったクラーケン。百合花たちに気づいていないのか、それともあえて無視しているのか向きを変えることなく一心不乱に口を動かしている。牙の隙間から血塗れの腕が一瞬見えた。

 その冒涜的な光景に、百合花は吐き気と怒りが込み上げてきた。を思い出して視界が赤く染まっていく。

 彩花も怒りに震える。アサルトに流すリリカルパワーを最大にまで高め、殺傷力を高めた。


「化け物め……! この……!」


 全身に力を強く込める。が、その時彩花のすぐ隣を影が横切った。

 百合花が無言で飛び出した。アサルトを剣の形態にして勢いよく突っ込んでいく。

 食べていた遺体を吐きだしたクラーケンが触手を百合花に向けて伸ばす。

 迫り来る触手を一瞥した百合花は、体を捻ってアサルトを振り上げた。銀の凶刃が赤い軌跡を描いて禍々しい三日月を宙に映す。

 一振りでクラーケンの太い二本の触手を破壊した。これには、様子を見ていた彩花も絶句する。


「嘘でしょ……! リリカルバーストで強度も増しているはず……。それを、二本合わせてたったの一撃で……!?」


 触手を破壊した百合花はさらに回転を加えて迫る。

 遠心力も利用した攻撃でクラーケンの右目を粉砕し、素早くアサルトをライフルに変形させる。

 眼球があった場所に銃口を押しつけ、迷うことなく引き金を引いた。単発式の高威力の弾丸がクラーケンの体を貫通する。

 激痛で暴れるクラーケン。負傷度合いが大きく、リリカルバーストを維持できなくなり強制的に解除させられた。

 残った左目で懸命に百合花を探す。だが、クラーケンが最後に見たのは漆黒の空洞だった。左目に銃口が押しつけられる。


「……砕け散れ。人殺しの化け物が」


 普段の百合花からは想像もできない冷たい声。

 引き金が引かれ、眼球が砕かれる。その反動を利用して空高く舞い上がると、アサルトを剣に戻してクラーケンの頭部頂点を狙った。

 込められたリリカルパワーの力は異常で、百合花のアサルトはすんなりとクラーケンを両断した。それが致命傷となりクラーケンが全身を崩壊させる。

 クラーケンだった塵が降り注ぐ中、彩花が百合花に近付いていく。戦闘中の百合花は、明らかにおかしかった。


「百合花ちゃん……?」

「……あっ、彩花様。ごめんなさい、私一人で……」

「あー、いや、それは良いんだけど……大丈夫?」

「大丈夫です。怪我はしていませんよ」

「そういう……うん。それなら良かった」


 自衛隊員と学園から後処理の担当者がやって来るのが見える。

 その前に、彩花にはやることがあった。彼らの手が入る前にどうしても回収しておきたいものがある。

 やがて、彩花はそれを見つけた。戦死し、壊された三人のアサルトから赤い宝石のようなものを抜き取る。


「それ……」

「うん。アサルトの制御コア。ワルキューレにとって命とも言えるアサルトの……心臓みたいなもの」


 彩花は、これを個人的な考えで回収している。


「これが彼女たちの生きた証。私はそう思ってる。回収できて良かったわ」

「彩花様は、慣れているんですね。私、やっぱりこういうのに慣れなくて……」

「絶対に慣れちゃダメ。悲しんであげることは大事だよ。でも、慣れちゃうのが……一番怖い」

「彩花様……」

「悼んであげてほしい。誰か一人でも、彼女たちを覚えていたらそれは救いになるから……」


 彩花が泣いている。

 緋色の夕焼けが二人の影を伸ばす。波が砂浜に押し寄せ、二人の少女を黙って見守っていた。

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