第13話 曇天
クラーケン襲撃の翌日、学園は重い空気に包まれていた。その理由は言うまでもない。
二年生に三名もの死者を出してしまった。ホロゥと戦うということは、常に命の危険と隣り合わせではあるが、それでも人が死ぬことに慣れる者はいない。
曇天の中、学園が手配した車が次々校内に入ってくる。その様子を、百合花は自室から暗い表情でじっと眺めていた。
あれらの車には、戦死した三人の家族や親族が乗っている。敷地内にある葬儀場で今日、三人のお葬式が行われるのだ。百合ヶ咲学園は世界有数の激戦区のため、このような備えもされてある。もっとも、使われたのは四年ぶりではあるが。
葬儀に参加するのは、戦死した三人と同じ学年のワルキューレと教師陣、家族と親族で、それ以外の最高学年が受付などを担当する。今回は三年生が受付をし、百合花たち一年生は自室での待機を言い渡されていた。
低い音が響き、曇り空が光る。同時に強い雨が降り出した。
ガラスに雨粒が当たる音だけが響く室内で、静香が口を開く。
「わたし、改めて実感しました。わたしたちはいつ死んでもおかしくないんだって」
「……そうね。こんな時代じゃ、昨日まで笑い合っていた友だちが明日にはいなくなるなんてよくある話だもの」
「……分かっていたはずなのに、分かっていなかった。あの琵琶湖血戦で泣き叫ぶ大勢の人を見たのに」
「……そうか。静香ちゃんは滋賀からきたものね。じゃあ、あの戦いは当然知っているんだ」
「はい。参加はしませんでしたが」
日本史上最悪にして、最大の被害を出した激戦。津軽海峡大虐殺に神戸戦役、駿河撤退戦などホロゥによる大規模な被害が出た戦いは多くあるが、琵琶湖血戦だけは被害の規模が桁違いであった。世界でもこれほどの被害が出た戦いはそうないだろうと思われる。
琵琶湖に出現した空間の裂け目から現れる無数のホロゥを食い止めるため、西日本を中心に日本中から千人近いワルキューレを集めて投入した戦いだった。
ホロゥは一週間も休むことなく断続的に現れ続け、タイラント種も二十一体出現したと記録にある。
倒しても倒しても屍を踏み越えて襲いかかってくるホロゥに、ワルキューレも死力を尽くすしかなかった。
『琵琶湖を死守せよ。東京以外が襲われてもその場所は放棄する』。そんな命令が下されるほどの死闘。
この戦いでの死者行方不明者は約千七百名に及んだ。ただ、当時戦いの指揮を執ったのが百合花の姉である西園寺神子でなければ、出撃したワルキューレは全滅していたとまで言われ、被害はさらに拡大していたというのが政府の見解だ。
そんな地獄を見たことがあるからこそ、静香は命の儚さを知っているつもりだった。だが、実際に間近で実感する命というものはあまりにも呆気ない。ふとした選択の分岐ですぐに失われてしまう。そのことを改めて心に刻んだ。
その後は無言の時間が続く。今回亡くなったのは二年生だが、他人事とはどうしても思えずに二人は視線を部屋の内外で行き来する。
やがて、百合花は建物の一階へと降りていく。自動販売機で飲み物でも買って気分を紛らわせたかった。
一階に降りると、そこには思いがけない先客がいる。
「彩葉様? 今は葬儀に……」
「あぁ、百合花ちゃん。ちょっと、忘れ物って言って逃げて来ちゃった。大丈夫。今は合間の休憩時間だし、始まる頃には戻るから」
薄暗い建物にジュース缶が開封される音が響く。
彩葉と百合花は、ジュースを持ってボーッと降り注ぐ雨粒を眺めていた。
「――耐えられなかった」
「え?」
「遺体のない棺も、泣きながら名前を呼ぶ弟くんの姿も、なにもかも耐えられなかった」
「それ、は……」
「何度もこういうのには参加してるのにね。いつになったら慣れるのかな……」
消え入りそうな声音の彩葉の姿に、百合花はどう声を掛けるべきか考える。
導き出したのは、昨日彩花に言われた言葉だった。
「慣れる必要はないと思います」
「どういうこと?」
「彩花様が言っていました。人が死ぬことに慣れてしまうのが一番怖いって」
「お姉ちゃんが?」
「はい。亡くなった人を覚えている人がいることが救いだとも。……私、彩花様が言いたいことが分かる気がします」
死に慣れてしまうと、自分の命すらも無頓着になってしまう。そんな人物がホロゥとの戦いで周りを顧みずに突撃などをしてしまうと、自分だけではなく仲間にも危険が及んでしまう。命の重みを常に知っておくことは、自分だけでなく仲間も救うことに繋がる、と、彩花は言いたいのだろうと百合花は考えた。
「だから、彩葉様は今のままでいいんですよ。慣れようとしなくていいんです」
「そう、ありがとう……。少し、楽になったよ」
「お役に立てたのならよかったです。それより、お時間大丈夫ですか?」
言われた彩葉が時間を確認する。そろそろ戻らなければならない時間だった。
「じゃあ、私はこれで」
空き缶をゴミ箱に捨てて彩葉が去っていく。
その場に残った百合花は、悲しい笑顔を浮かべて空き缶を握りつぶした。
「彩葉様はそれでいいんです。私やお姉ちゃんみたいにならないで……」
忘れられないあの日から目を背けるように頭を振って空き缶を投げる。
ゴミ箱に入ったことを確認し、百合花は部屋へと帰っていった。
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