第11話 タイラント種

 ヘイムダルの角笛が鳴るのと同時刻。海岸沿いを巡回中のワルキューレたちが警戒態勢になった。

 二年生ばかりで構成された彼女たちが睨むのは、比較的陸に近い場所に生まれた次元のひずみ。ホロゥが出現するゲートだ。

 百合ヶ咲の司令室から通信が届く。観測の結果を伝えるために。


『空間振動増大! エネルギー値急上昇!』

「了解! 皆、行くわよ!」

「「ええ!」」

『エネルギーなおも上昇……中……!? うそ……こんな数値、あり得ない……!』

「どうしたの!?」

『即時退避を! 敵は普通のホロゥじゃない!』


 司令室の少女が叫ぶと同時に、ひずみが砕けた。亀裂の向こう側から巨大な影が這い出してくる。

 海へと落ちたそれに、三人が言葉を失った。そいつは、昨日出現したホロゥの比ではない。

 無数に伸びる金属の触手。圧迫感を感じさせる強大な威圧感。ぎょろりと光る緋色の眼球。

 誰もが震え出す。まさか、こんな強力な敵が出現するとは思いもしなかった。

 不幸中の幸いか、同型の個体は過去に出現報告がある。問題は、この敵の強さが通常のホロゥとは別物だということだ。


『目標確認……! 敵、超大型ホロゥ……クラーケン! タイラント種です! 及び攻撃に最大限の警戒を!』

「クラーケン!? それ、津軽海峡で夥しい犠牲者を出した……!?」


 かつて日本にも出現したこのクラーケンと呼称されるホロゥ。

 当時、東郷家の当主で樹の母である東郷美月が討伐するまでに、死者百四名もの被害を出した生きる災害だ。一番酷いものだと、南アメリカの都市が一つ破壊し尽くされたこともある。

 そして、タイラント種と呼ばれるクラーケンをはじめとするホロゥたちが厄介かつ危険なのは、その特殊な生態にある。

 タイラント種のホロゥは、ワルキューレを捕食、もしくは触手などで捕らえてリリカルパワーを奪い、リリカルバーストという爆発的な強化を自身に施すことが出来た。

 喰われると死ぬのは当たり前だが、一度完全にリリカルパワーを吸い取られると、二度と溜まることはない。そうなれば、ワルキューレとしては死んだも同然だ。

 加えて、リリカルバーストを発動させているホロゥの強さは尋常ではない。生き残りたければ、効果の時間が切れるまで逃げるしかないというのが一般的だ。

 クラーケンが三人を見つけた。衝撃波を伴う咆哮と共にゆっくり近付いてくる。


「民間人の避難が終わるまで時間を稼ぐ! その間に増援を!」

『通信代わった。教官の雨宮だ。すぐに増援を招集してくる。以降、現場判断は浅田に任せるぞ。無茶して死なないように!』

「了解!」


 三人がアサルトを起動した。

 クラーケンが触手を伸ばして攻撃してくる。が、遠くから伸ばされたのでその動きは見えていた。

 伸ばされた触手を次々と破壊していく。触手で攻撃してきている間はクラーケンに動く様子はない。このまま進行阻止を目的に水際での防衛戦で時間を稼ぐ。

 そう、考えていたのだが……。


「うわあぁぁぁぁ!」


 突然、男の子の声が聞こえた。

 声のする方を見ると、逃げ遅れた男の子にクラーケンの触手が迫っていた。

 男の子を助けようと一人が走って行く。すると、触手はいきなり男の子に興味をなくしたように動きを変えると、助けに来たワルキューレに巻き付いた。

 少女の体が締め上げられる。クラーケンは最初から男の子など狙っていなかった。ただ逃げ遅れていたから利用しただけ。まんまと罠に嵌まってしまった。

 抵抗を続ける少女だったが、クラーケンはさっと触手を引っ込めると大口を開けて少女を食べてしまう。ぐちゃぐちゃと聞こえてはならない音が聞こえ、クラーケンがナニかを吐きだした。

 砂浜に刺さったそれは、破損した槍型のアサルト。捕まった少女が使っていたものだ。

 ワルキューレにとって命の次に大事とも言えるアサルト。それを手放すタイミングなど――、


「こいつ……! よくも!!」


 仲間を――友だちを殺されたリーダーのワルキューレが激情に支配され駆け出す。限界まで力を解放し、ホロゥへの殺傷力を高めた。だが。


「危ない!」

「ッ!?」


 横から高速で襲ってきた触手の対応が遅れた。

 庇ったことで、また仲間が触手に捕まってしまう。捕まった少女は苦しそうにもがいた。


「痛い、よぉ……」

「花菜!!」

「水葉……助けて……」


 すぐにアサルトを変形し、射撃形態にして狙うが撃てない。クラーケンは少女を人質にするように捕まえていた。

 撃てば少女にも当たってしまう。無力感に苛まれる。

 やがて、クラーケンは触手に込める力を強くした。少女が大きく痙攣し、吐血しながら血の涙を流す。


「みず……はぁ……」

「ダメダメ! それは……!」


 悲鳴に近い叫びが発せられると、クラーケンが少女を飲み込む。食べられる直前に少女のアサルトが砂浜に落ちて砕けた。

 クラーケンの表面に禍々しい紫の輝きが走る。それは、リリカルバーストが発動したときに生じる光。膨れ上がる暴圧的な威圧感を解き放つようにクラーケンが咆哮した。

 大事な友だちを二人も殺された少女が歯を唇に突き立てる。最期の瞬間まで自分を信じて助けを求めていたのに、助けることが出来なかった自分を呪い、それ以上にクラーケンを呪った。


「絶対に許さない……! 必ず殺してやるんだからッ!!」


 怒りに燃える瞳で仇を睨み、友だちを思い浮かべて流した涙で濡らした手でアサルトを持って突撃する。

 クラーケンが触手を振るう。その速度は格段に速くなっていて――。


「――あ……」


 気がつけば、もう避けようがないところまで迫っていた。

 凄まじい衝撃波が走り、砂埃が巻き上がる。クラーケンは触手を引き、口に含んだ。

 叩きつけられた跡地には、粉々になった金属片と赤黒い水たまりが広がっていた……。

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