第8話 優しい朝
翌日、朝早くに起きた百合花は着替えて部屋を出て行く。学園をいろいろと見て回ることにしたのだ。
授業が始まるのは数日後だ。それまでの何日かは、一年生は自由に時間を使うことが出来る。この期間で町を見て回ったり、同級生や上級生と交流を深めたり予習などに励むことが推奨されていた。
建物を出てどこへ行こうか考える。その時、百合花のお腹が可愛い音を鳴らす。
寝起きの時間というものは意外にお腹が空くものだ。少し悩んだ末、百合花は校舎へと歩いていくことにする。
朝の鎌倉は風が強かった。小鳥のさえずりも聞こえてきて、木々の揺れる音と合わさり美しいメロディーを奏でている。そんな世界を歩く白銀の美少女である百合花は、さながら自然の精霊といったところか。
木々が開け、純白の校舎が見えてくる。朝早いこの時間だというのに、教師陣は今日発表のクラス割りの紙を掲示する作業で忙しそうだ。
「ごきげんよう、先生方」
「ごきげんよう。百合花くんは朝に強いんだな」
「かもしれませんね。ありがとうございます」
「学園長のお説教が響いたか? あの人は、普段ボケーッとしてるのに怒ると怖いからなー」
そんな風に話していると、教師の後頭部がわしづかみにされた。
「いたっ!」
「誰がボケーッとしてると? 手が止まってますよ」
「学園長! すいません!」
どこか情けない大人の姿を見た百合花が苦笑する。学園長は、教師の頭を離すと百合花へと向き直った。
「ごきげんよう百合花さん。この時間からここにいるということは、食堂の利用ですか?」
「ごきげんよう。お腹が空いたので行ってみようかと」
「そうですか。では、急ぐといいですよ。スコーン&ミルクティーセットとパンケーキセットは人気ですからね。もうすでに何人かの生徒とすれ違いましたよ」
「ありがとうございます。では、急いで行ってきます!」
「幸運を祈りますよ」
学園長と別れ、食堂へと急ぐ。情報通り、もうすでに多くの上級生が集まっており、百合花が入っていくのはためらわれるような熱気がそこにはあった。
が、上級生たちは優しいもので、百合花を見つけるなりすんなりと順番を譲ってくれる。百合ヶ咲に来たからには、おすすめの食堂メニューを一度は味わっておけとの気遣いだろう。百合花もそれに甘え、順番を譲ってもらいながらスコーン&ミルクティーセットを注文する。来年以降は自分も下級生に順番を譲る風習に従おうと決意しながら。
ここで少し余談だが、学園都市鎌倉での決済はすべて電子クレジットだ。生徒には、毎月月初めに基本額の五万クレジットが支給され、そこから追加でホロゥ討伐や様々な功績でボーナスが出る。スコーン&ミルクティーセットもパンケーキセットもそれなりの値段だが、昨日のラビット型のホロゥ討伐補助のボーナスがあるので気にならない。命令違反とはいえ、功績は功績だ。尤も、多少は減額されたが。
これも、ワルキューレに認められている自由行動・意思決定権があってこそだ。状況を判断し、被害を少なくするためにあえて命令を無視することも、ワルキューレとしての素質と言えよう。
セットを持って大窓の近くの席へ。温かな日差しが優しく照らしてくる。窓からの眺めも、緑豊かな校庭が映えてとても美しい。
穏やかな時間でスコーンを割って一口。ちょっぴり付けたラズベリージャムの甘味と酸味、それからジャムを引き立たせるスコーンのほのかな塩気が絶妙にシンクロして口内で踊り出す。これは上級生も学園長も勧めるわけだ。
幸せな朝の時間に浸っていると、不意に人影を感じる。
「ごきげんよう。前、よろしいですか?」
「……ごきげんよう。どうぞ。……ふふっ」
「では、失礼して」
そう言うと、その人物は百合花の対面に座った。テーブルにパンケーキセットを置くと、不満そうに抗議する。
「ちょっと百合花。笑うなんて酷くない?」
「ごめんね。樹がごきげんようって、どこか背伸びしてるみたいで似合わなくて」
「ひどい! あたしのイメージってどうなってるの!?」
百合花の言いように拗ねる樹。それでも、すぐに顔を見合わせて笑い合う。こんなやりとりなど二人にとっては日常だ。
二人で朝食とする。途中、お互いにパンケーキとスコーンを交換して食べ比べをしあう。それに、朝食を終えても積もる話はたくさんあった。時間はたくさんある。ここでいろいろと話すことにした。
二人は、窓際でお茶がなくなるまで雑談を交わすのだった。
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