第6話 語らい

 ホロゥを撃破し、帰還して入学式を終えた百合花と樹は現在、学園長室に呼び出されていた。理由は簡単で、先ほどのホロゥ襲撃の際に無断で出撃したからだ。

 まさか入学式の日に学園長室に呼び出される新入生がいるとは。しかもそれが御三家の二人だということを誰が予想できようか。二人に対するお説教は、二時間近くに及んだ。

 お説教が終わった二人がようやく解放される。お辞儀をして学園長室を出ていき、大きくため息をついて苦笑いした。

 大きなガラス窓から見える景色はすっかり朱色に染まっている。カラスが鳴きながら飛んでいき、もう夕方だということを自然は告げていた。

 千代が廊下で百合花と樹を待っている。事前に買っていたミネラルウォーターを二人に渡し、歩調を合わせて歩き出した。


「おつとめご苦労様ですお二方。大丈夫でした?」

「全然よ。あそこまで怒らなくても……」

「ま、まぁ私たちが悪いから文句は言えないけどね」


 痺れる足を引きずるようにして百合花が歩く。正座で説教されていたため、この有様である。

 階段を降りたところでトイレを見つけた。百合花は、一度行っておこうと樹たちに声を掛ける。


「先に帰ってていいよ。私はちょっとトイレに寄っていくから」

「待ってるよ。行ってらっしゃい」

「あ、ありがとう」


 樹にアサルトを預けてトイレに入る。ちょうど手鏡を持ち合わせていなかったので、トイレにあるであろう鏡を使って少し乱れた髪を整えたかったのだ。

 ちょっぴりはねた髪をスラリと流す。他にもおかしなところはないかと確認し、満足した百合花はトイレを出て行こうとした。


「あ、……百合花さん」


 ドアの取っ手に触れたとき、後ろから声が聞こえた。百合花が振り返ると、そこには入学式で見た顔の生徒がいる。

 薄い桃色の髪を伸ばし、スカートの丈を短くして制服を着崩した不良少女。切れ長の目と妖艶な瞳が美しい第二新世代のワルキューレ――神楽坂殺姫であった。


「あ、ごきげんよう殺姫さん」

「ごきげんよう。百合花さん、初日から呼び出しですってね。ホロゥに挑む勇気はすごいけど、その行動は二十点ですよ」

「うん、面目ない……」


 申し訳なさそうに項垂れる。殺姫は、そんな百合花の隣に移動して洗面台に腰掛けた。

 思わず何かされるのかと身構えてしまう百合花。だが、隣に座る殺姫の雰囲気はとても澄んでいて、とてもじゃないがこの少女が誰かを椅子代わりにするなど考えられなかった。

 その後、いくつか話題を出して会話してみる。話している途中から、百合花の中では殺姫の女王様イメージが消えていた。


「――殺姫さんって」

「え?」

「なんだか、初めて会った気がしないね。話の内容も私に合わせて選んでくれているみたいな感じ」

「そんなんじゃないですよ。私、百合花さんが思うような人間じゃないので。せいぜい五点ですよ」

「……入学式でも点数言ってたよね。それ、何なの?」


 同じ事をしていた昔の友だちを思い出して気になってしまう。百合花の質問に、殺姫は微笑を浮かべて答えた。


「お姉ちゃんが点数を付けるのが好きだったから。だから、おまじないみたいなものです」

「そうなんだ。お姉さん、楽しそうな人だね」

「ええ。そうでした。三年前に、ホロゥに殺されましたけど……」


 ポツリ、と漏らす殺姫の顔にはどことなく悲壮感が見えた。殺姫が胸に抱える苦悩が百合花に伝わってくる。


「私はどうしようもなく弱い。いつまでも過去を引きずって、憧れのあの人にどうやっても追いつけなくて……」

「そうなの?」

「ええ。自分を強く見せるためにこんな小芝居までしてね。皆は私のことをドSの女王だとか言うけれど、本当の私はそんなことない。これが五点のワルキューレですよ」

「……殺姫さんは、そんなに弱くなんてないと思うけどね。会ったばかりの私に言われても嫌かもしれないけど」

「え? それはどういう……」

「強い、弱いというのは単純に力だけに当てはまる言葉じゃないと思うな。心のあり方や、道徳心なんかも含めて判断されるものだと思う。だから安心していいよ。それに、過去を引きずることなんて全然悪いことじゃないから。誰もが忘れられない過去を持っているものだよ。大切なのは、そこから何を学ぶか、かな。それに、お姉さんのことも忘れないであげて」

「でも……」

「多分、この学園で一番弱いのは私だから。殺姫さんの強みはその冷静さと自分を見つめることができる瞳。その二つがあれば、何も怖い事なんてないよ。だから、自信を持って」


 少し偉そうだなと思いつつも、百合花なりのアドバイスを送る。これで、少しでも殺姫の気が晴れることを願うばかりだ。

 トイレを出て行こうと歩き出す百合花。その背中に、殺姫が質問を投げかけた。


「待って! 百合花さんが一番弱いってどういう……?」

「……私はすぐに冷静じゃなくなるから。本当は私、ここにいる資格すらもないんだけどね。私も、できれば忘れたいことがたくさんある」

「……それって……」

「言ったでしょ? 道徳心も強い弱いの指標の一つだって。だから私はこの学園で一番弱いの。だって……















……と思う?」


 息を呑む気配を感じながら、そっと扉を閉じる。廊下に出ると、変わらない様子の樹と千代が待っていた。


「遅いよ百合花~」

「……うん、ごめんね」


 最後の言葉は廊下にまで漏れていなかったことに安堵する百合花。今の話を樹たちは知らない。知られなくて良かったと心から思う。

 二人とこれからについて少し話ながら、百合花は自身の部屋へと帰っていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る