第5話 ホロゥ戦

 鎌倉市街。住民の避難が完了して建物から人が消えたこの地に、四人の人物が見える。ビルのてっぺんに陣取り、遠くに見える空間の裂け目を睨んでいた。

 四人のリーダーらしき少女が付けた通信機に、学園からの通信が入る。


『ヘイムダルから間もなく一分。そろそろ出現する可能性大』

「了解しました。速やかに殲滅します」


 通信を切り、後ろで震える妹を見る。二年生になっても、いまだにホロゥとの戦闘には慣れないようだ。

 二人は、御三家の一角である城ヶ崎家の二人。姉の名前を城ヶ崎彩花といい、妹の名前を城ヶ崎彩葉といった。

 緊張で彩葉のアサルトが揺れている。そんな妹を落ち着かせるように、彩花はそっと手を重ねた。


「怖い?」

「う、ううん! 大丈夫。私だってやれるもん」

「あまり、無理しすぎてもダメだからね? 彩葉は後方からいつも通り狙撃で援護してくれたらいいから」

「うん。お姉ちゃんも気を付けて」


 彩葉が自分のアサルトに触れて、表情を暗くする。やはり、ホロゥ戦になると自分の無力さを痛感してしまうのだ。

 ……城ヶ崎彩葉は、御三家でありながら第一旧世代だった。その事で、幼い頃は親や親戚に散々無能呼ばわりされてきた。対称に姉の彩花は第三新世代だったものだから、彩葉への風当たりは相当キツかったのだ。

 それでも、彩花だけは優しく彩葉に接してきた。そんな姉の役に立ちたいとの一心から、周囲の反対を押しきってここ百合ヶ咲学園に入学したのだ。

 彩葉がアサルトを持ち直す。それを見た彩花が目で笑うと、いよいよ開戦を告げる報告が通信機に飛び込んでくる。


『空間振動増大! エネルギー値急速に上昇中! ホロゥ出現します!』


 ピシッという音が鳴って渦が裂けた。その向こう側……果てしなく続く無限の虚無の世界から巨大な異形が這い出てきて市街に降り立った。

 長い両耳が特徴的で、赤い目玉をせわしなく動かしている。鋭い前歯は時折発光しており、五メートル近い全身は鈍い銀色の輝きを放つ金属で作り上げられている。

 甲高い奇声を発する怪物。非常に高い周波数の咆哮は付近のガラスを粉々に打ち砕いた。

 これが、人類の敵であるホロゥ。正体不明の金属生命体だ。


「目標確認! 中型のラビットタイプ一体! 交戦開始します!」

『了解。気をつけて』


 通信を切って彩花が飛び出す。後ろから二人が続き、そのさらに後方で彩葉がスコープを覗いて狙撃が出来るように構える。

 ラビットは彩花たちに気づいていない。この気を逃すまいと彩花は二人を置き去りに三次元移動を駆使してさらに加速する。

 盾から刀にアサルトを変形させた彩花が仕掛ける。建物を足場に強く踏み込みラビットの横を通り過ぎた。一拍遅れてラビットの右目が砕かれ、後から続く二人が視界を奪った右側より連続して攻撃を仕掛ける。

 起き上がろうとするラビット。しかし、顔に遠方から飛来した一筋の光が直撃して再び地面に押し倒した。今のは、彩葉による狙撃だった。

 満足に動けないホロゥに三人が攻撃を加えていく。徐々に体に亀裂が入り始めた。


「よしっ! このままいけば勝てる!」


 勝ちを確信した彩花がアサルトを左目に突き立てようとする。だがその時、地面が砕けてラビットが消えた。直後に強風が三人を吹っ飛ばす。


「え!? どこに……!?」


 黒い影が横切り、建物が壊れる音がした。その方向に目を向けると、ラビットが建物を壊しながら高速で移動しているのが見えた。向かう先には彩葉がいる。

 このままだと倒されると思ったラビットは、一人だけでも仕留めようと考えたのだろう。その標的にされたのが彩葉だった。

 彩花が慌てて追いかけるも、機動力の高いラビットに追いつけない。出来ることは、手を伸ばして叫ぶだけ。


「逃げて彩葉! 彩葉ぁぁぁ!!」


 そんな願いも虚しく、ラビットは彩葉の眼前に降り立った。左目を光らせ、怯えて動けない彩葉に前歯を振り下ろす。

 前歯が彩葉の肉体を貫くかに思われたその時、学園の方角から輝く刃が飛んでくる。刃はラビットの耳を切断し、攻撃を中断させて大きくのけぞらせた。

 呆ける彩葉の横合いから樹が滑り込み、彩葉を抱えて離脱した。直後にもう一つ刃が飛んできてラビットの胴体に深い裂傷を刻む。

 彩葉と樹に百合花が合流した。百合花は、無事な彩葉を見て胸をなで下ろす。


「彩葉様。ご無事ですか?」

「あ、うん。ありがとう」

「すごいよ百合花! あの威力でリリカルパワーを飛ばすなんて!」

「結構強く込めたからね。あれくらいしないと危なかったから」


 のんびり話す百合花たちの近くでラビットが起き上がる。彩葉が慌ててアサルトを構え直すが、百合花と樹は動かなかった。


「これで終わりかな?」

「だね。あたしも一撃いれたかったけど」


 叫ぶラビットの後方から彩花が奇襲した。後頭部を刀で切り裂き、前方に転倒させる。


「よくも私の妹を狙ってくれたわね! 絶対に許さない!」


 彩花は着地すると、残る左目も破壊して顎を切り上げる。その後は高く跳躍して頭を真っ二つに切り裂いた。亀裂だらけの頭部は簡単に砕かれ、弱々しい声を漏らしたラビットが地に沈む。金属が塵となって消えていき、やがて完全に消滅した。

 深く息を吸って冷静さを取り戻す彩花。そして、学園へと戦闘結果を報告する。


「戦闘終了。ラビット討伐。こちらの被害は特になし。死傷者はいません」

『了解。ご苦労様でした』


 通信を切った彩花がその場に座る。

 入学式の日に襲撃を仕掛け、百合花と樹の学園での初陣となったラビットホロゥ。それは、最高の戦果で討伐に成功するのであった。

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