第4話 入学式

 百合花の腕に樹が抱きついた状態で、四人が体育館に入る。入学式の会場となるこの体育館には、既に多くの新入生が集まっていた。

 その中には当然有名なワルキューレもいるわけで、体育館に入ってからずっと静香の興奮が止まらない。とうとう鼻血まで噴き出す始末だ。


「すごいすごい! あれは愛衣さん! 北海道に現れたホロゥを一人で討伐した……! あっ、あっちは八雲さん!」

「静香ちゃんが止まらない……」

「この子、本当にワルキューレのこととなるとテンション変わるわね……」


 暴走気味の静香を前に、百合花と樹は苦笑いを浮かべる。その後も、静香が他のワルキューレに挨拶回りをするという展開が続いた。

 静香が集団から離れたので、三人でパイプ椅子に座る。そこで、樹が隣に座る千代へと話しかけた。


「ところで、千代は行かなくていいの? お友だちがいるんでしょう?」

「ですが、私は樹様のお側を離れるわけには……」

「あたしのことは気にしないで。ここには小言が煩い大人はいないし、千代のやりたいように動いていいからね」

「樹様……ありがとうございます」


 樹の言葉を聞いた千代は、椅子を立って会場内を歩いていく。友だちが今年入学と聞いていたので、探しに行った。

 椅子には、百合花と樹の二人が残る。


「これで、二人きりね♪」

「え、ちょっと? 鼻息荒いけどどうしたの?」

「ふふふ……久しぶりの百合花を堪能しないと」


 樹が百合花の頬を固定する。そのまま、唇を奪おうと顔を徐々に近づけていき……、


「あぁんっ!!」


 体育館に響いた嬌声に遮られた。樹が止まった一瞬で百合花は樹の手を離れ、少し距離を取る。


「なにするのよ……」

「ちっ……もう少しだったのに……誰よ……」


 恨めしげな視線で声の主を探す樹。目的の人物たちは、最前列に座っていた。ただし、様子はおかしかったが。

 薄い桃色の髪をした少女が、別の女子生徒を椅子にして座っている。その姿は、まるで女王を彷彿とさせた。彼女に鞭の一本でも持たせれば、SMプレイの構図となるだろう。

 乙女の空間のすぐ隣で、男子生徒たちが祈りを捧げている。


「眼福……俺、もう死んでもいい……」

「いいよなぁ。あの、メイド服を連想させるような男心をくすぐる制服! んで、夏場は機能性と通気性を重視した薄い布地だから、下着ポロリもよくある話だって聞くし……」

「おい、ここに制服フェチがいやがるぞ。……全面的に! 同意だが!」

「つーか、女子ばっかずるくね? 俺たちの制服なんでこんなにダサいんだよ。学ランそっくりじゃねぇか!」


 アホな話で盛り上がる男子連中を見た女子が引いている。百合花と樹も、できる限り距離を取りたいと座席を移動して男子と正反対の四席を確保した。

 男子たちに見られているにも関わらず、桃髪少女の行為はエスカレートしていく。遂には、椅子にしている少女のお尻を勢いよく引っぱたいた。


「ちょっと……これ以上は……!」

「三十点。さっきまで悦んでいたのはどこの誰かしらね?」


 激しさを増していく二人の行為を遠くから百合花たちは眺める。と、ちょうどいいタイミングで静香が返ってきた。両手にいっぱいの色紙を持って。


「私、幸せですぅ~! こんなに多くのサインをもらっちゃいました! 百合花ちゃんと樹ちゃんにも後でもらっていいですか?」

「サインくらいいいよ。ところで、静香ちゃん」

「あの人知ってる?」

「誰です? ……あーっ! 神楽坂殺姫かぐらざかさつきさん!」

「なにその物騒な漢字……」


 想像を軽く超えてくる名前に樹が表情を硬くする。静香は、少し緊張した様子で自分が知りうる殺姫の情報を喋った。


「情報が少ない謎のワルキューレが神楽坂さんです。第二新世代で強いんですけど……その、性格がドS女王様で……」

「ええ。それは見たら分かるわ」


 少女の尻肉を強く叩いている殺姫を見て、樹が引き気味に言った。が、百合花はただジッと殺姫を見つめている。


「どうしたの?」

「ううん。なんでもない。ちょっと雰囲気というか、リリカルパワーの感じが昔の友だちに似ていたから……」


 そう言うと、百合花は視線を正面に戻した。

 殺姫は、少女の前に屈んで無理やりキスしようとする。そのタイミングでスピーカーから女性の声が聞こえてきた。


『整列! 入学式を始めるので並びなさい』


 その放送と共に、体育館にいた生徒たちが適当に椅子に座っていく。殺姫は残念そうに離れていき、少女はきちんと自分の席に座った。

 樹の隣に千代が帰ってくる。


「お友だちには会えた?」

「はい。樹様、ありがとうございます」


 千代がお礼を言ったところで、教職員たちがステージ横に並ぶ。静寂な空気となり、これから始まる入学式の神聖さを感じさせた。

 一人の女子生徒がマイクを握る。


『これより、百合ヶ咲学園の入学式を始めます。開式の言葉。学園長先生、お願いします』


 開式の挨拶を行うため、学園長らしき女性が壇上に上がった。ステージのマイクを握り、生徒たちを見て口を開く。


『ただいまより、百合ヶ咲学園入学式を……』


 その時だった。挨拶を遮る重く、低い笛の音色が響き渡ったのは。

 突然聞こえた笛の音色に、会場に混乱が広がる。ただ、この音色の正体を知るのは一部だけだった。

 なんだかんだ言っても、ここに集まっているのは実戦もまだなワルキューレたち。そして、この音色が分かるのは、一度は聞いたことがあるであろう、ホロゥ戦を経験したことがあるワルキューレたちだ。

 これは、この、不安を掻き立てる音色は……。


「ヘイムダルの角笛! ホロゥ!?」


 ホロゥが出現する際に生じるエネルギーと空間振動を探知し、事前に警告してくれる神器とも言うべき人類の技術の結晶の一つ。それが、このヘイムダルの角笛だ。これが鳴ったということは、ホロゥが出現するということに他ならない。


「入学式は一時中止! 新入生はこの場で待機! 上級者はただちに出撃!」

「民間人の避難を!」


 教師陣が迅速な指示を飛ばしていく。ヘイムダルの角笛のおかげで、事前対策ができて被害を抑え込むことに成功しているのだ。

 先輩ワルキューレたちがアサルトを持って飛び出していく。そして、その後ろをこっそり百合花と樹が追いかけていった。

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