File 55 : Enemy

「薄々勘付いているかもしれないが、今回の作戦で必ずカズとモグリを殺す。これ以上野放しにはさせない」


 キッカは強い口調で、Ⅱ課の面々に言い放つ。

 その表情から、相当苛立っているというのは容易に見て取れた。会議室の空気が一層ピリつき、誰もが固唾を飲んで第二声を待つ。

 ほどなくして背後のモニターに、赤い点がマッピングされた地図が映し出され、


「これは黒田捜査官の能力によって割り出した、義兄弟の出現位置だ。赤い点が臭いの強かったところを示している。見て分かる通り、奴らの活動範囲はこの区域に限定される。ひとつ、外れ値があるがな」


 自分が休んでいる間に、このマッピング作業を進めていたのだろう。にしても、凄い偏り方だ。狭い範囲をウロウロしているのは自明。外れ値というのは自分の家であり、それは全員が承知しているのかすげなくスルーされたが、ともかくこれで出現パターンの予測が立つ。


「カズの能力は厄介極まりない。そこで今回は囮作戦を行う」

「囮やと? まあ、そうか。影から引きずり出さなあかんもんな」

「そうだ。不幸中の幸いなのか、敵の目的は捜査官との接触。これを利用して誘き出し、そして捕縛する」


 逃走能力が著しいといえど、目的がある以上、チャンスが巡って来たのなら行動を起こすだろう。だが、


「そんな簡単に引っかかってくれるでしょうか」

「奴らは私たちの能力の強さと相性を見極めていた。自分たちより弱いと判断した捜査官が孤立したのなら、まず間違いなくアクションがある。これは滅多とないチャンスだからな」

「なるほど……」

「奴らの視点では、鮫島捜査官とヨウカなどの遠距離型は不利だと考えるだろう。カオルや武本捜査官も現時点では優先順位は低い」


 奴らが後をつけてまで自分を襲ってきたのは、確実に勝てると踏んだ人間が、運良く孤立している状態だったからだ。

 であるならば、同じ状況を作り出せば襲ってくるはずである。


「つまり、囮は私と黒田捜査官で行う。奴らが現れたら、こちらは合図をする。そうしたら、カオルは武本捜査官と鮫島捜査官を現場に移動させろ。そして、武本捜査官はモグリの足止め、鮫島捜査官はカズを宙に固定。ヨウカは今回もバックアップだ」


 キッカは殺すのに決して躊躇するな、と付け加えた。チャンスはたった一度きり。これを逃せば、二度と同じ作戦は通用しない。

 ともあれ、ヒバナは作戦の内容には概ね賛成だった。モグリの足止めが必要なのは、俊敏すぎてタイキの能力を回避される可能性が高いため。カズを宙に固定するのは、能力の使用がいずれも足元から始まっているという分析によるものだろう。


 理に適った、完璧な作戦。一見すると、抜け穴は無いように思える。


「しかし、そんな上手くいくかね。向こうもこちらの能力分かってんねやろ?」

「さあ、それはやってみなきゃ分からない。姿を現さなかったら、その時はその時だ」


 キッカは「だが」と続け、


「カズもモグリも武本捜査官との闘いで奥の手を使っている。相当焦っているはずだ。勝算は充分にある」


 あくまでも臨機応変に。それはいつもと変わらない。他に代替案があるわけでもなかったので、結局はキッカの作戦に皆が賛同した。


 懸念があるとすれば、自分がモグリを抑えられるのかという点だ。よくて互角。またあの筋肉達磨のような形態になられたら、勝負は分からない。カズが捕縛されたら真っ先にタイキを殺しにかかると思われるため、護衛の狙いは定めやすいが――簡単な戦いではないのは明らかだった。


 過信で身を滅ぼさねばいいがと憂慮しつつ、自分ができることは今度こそ躊躇しないということだ。答えは出ていないが、やるしかない。


 ヒバナは人知れず、拳を固く握りしめた。




「す、すみません! 乗ります!」


 ヒバナは焦って閉まりかけのエレベーターに乗り込む。資料作成に没頭しているうちに、約束の時間を過ぎそうになったからだ。何とかギリギリ、といったところで中に入ると、ほぼ同時にドアが閉まった。膝に手をついてほっとするヒバナ。

 が、その安堵は同乗者の顔を見て打ち消される。


「あ……」


 エレベーターにはすでにエルがいた。つまり、密室に二人きり。彼女は驚いた表情を浮かべ、そして難しそうに視線を逸らす。

 気まずかった。だが、この機を逃すまいとヒバナは口を開き、


「エルさん。事情を話してくれませんか。何が何だか俺にはさっぱりで……」


 案の定、オレンジ髪の少女は黙り込んだ。その間にも階数は段々と上がってゆく。刻一刻と迫る制限時間。それがヒバナにもエルにも焦りを齎し、迷いを生む。


「嫌いになれって言われても急すぎます。理由も分からないのに、できるわけないじゃないですか」

「……いえ、この先必ず嫌いになりますよ」

「だから、どういうことなんです?」


 やっと話してくれたかと思えば、内容が微妙に噛み合わない。彼女は頑なに理由を話すつもりがないようだった。だが、ほどなくして痺れを切らしたように向き直り、


「こういうことです」


 そう言って、エルは拳銃を構える。銃口の先はヒバナの胸。そして、舐めるようにゆっくりと撃鉄が起こされた。

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