File 33: Farewell
6人となったII課は、それぞれバディを組み捜査することになった。
ヒバナの相手はエル。
知り合って間もない人ということで、若干どきまぎしつつも、2人は昨晩カズとモグリが現れた現場に向かう。
「良い天気ですね」
車から降りたヒバナは何気なしにそう呟いた。
オレンジ髪の少女は彼の発言に違和感を抱いたのか、首を傾げ、
「まあ、たしかに晴れてはいますが……」
「あ、ごめんなさい。変ですよね、今の」
「いえ、別に気にしませんよ」
「あはは……でも、ちょっと苦手なんです。こういうカラッと晴れた日が」
「どうしてですか?」
「何となく、嫌なことが起こりそうな気がして」
「えっと、普通逆では?」
現在の空模様は雲一つない、気持ちの良い晴天だ。
嫌なことが起こるとするなら、どんよりとしているほうがそれらしい。
「ジンクスって奴です。ま、まあ、ただの迷信なので……ダメですね、これからって時に縁起の悪いこと言っちゃ。忘れてください」
「……はい」
エルはヒバナの貼り付けられたような笑顔の裏に、たしかな悲哀があったのを見逃さなかった。
昔を懐かしむような、憎むような、色々な感情が淡く溶け込んでいる。
過去に何かあったのは間違いないだろうが、ずけずけと踏み込むのも躊躇われ、口を噤んだ。
そして、思案しながら歩を進める。
事件が起きたのは、摩天楼が立ち並ぶオフィス街のすぐ側だ。国道沿いの路地裏。
もちろん、一般市民はそんな場所で凄惨なことがあったとは知らない。
そこには数人の警察官がおり、規制線が貼られているだけだった。
2人は身分を証明すると、「KEEP OUT」と書かれた黄色いテープを潜り、痛ましい血痕を認める。
「どうですか」
ヒバナの言葉に促され、エルはひくりと鼻を動かした。
「――脂ぎった血の臭いと、夢に溺れた若い男たちの臭いがします」
超嗅覚。
それがエルの能力だ。
人間離れした嗅覚を使って、容疑者を追跡することができる。
にしても、表現が独特だが、そういうものなのだろうか。
「こっちです」
エルがすたすたと前を歩き、ヒバナはその後を従順についていく。
「カズの能力は『潜伏』。あの連中は影の中に潜って逃走しました。臭いってするんですか?」
「……しますね。でも、段々と薄くなってます。おそらく深い所に潜っていってるのかと」
角を曲がり、横断歩道を渡る。
しばらく歩いた後、赤茶のマンションの前でエルは足を止め、
「臭いが消えました」
彼女の能力ですら追えないほどの深部に、相手が到達したのだろう。
そのような場所で移動できるというのは、厄介さに拍車をかけているに違いなかった。
「資料によると、カズは影が無いところに飛び飛びで移動することはできません。当時の影の状況は分かりませんが、潜伏しているとしたら近くにいると思います」
つまるところ、そう遠くへ移動できる能力ではない。
臭いが消えたということは、考えられる可能性は2つだった。
「運良く影を伝って遠くまでいったか、この辺りにいるか、ですね」
どちらにしろ、こちらができることは少ない。
「影のつきそうなところ、全部破壊してみましょうか」
「案外脳筋なんですね、ヒバナさんって……」
「じゃあ、どうします?」
「もう少し周辺を捜索しましょう。ミーティングでもあった通り、おそらく2人の目的は捜査官にある。うろついていたら、アクションがあるはずです」
相手はCPAとの戦闘を望んでいる。
でなければ、あんな挑発はしない。
放っておいても自ずと尻尾を出すだろう。必要以上に焦ると、むしろ相手の思う壺である。
しばらく捜索すると、チェーンのハンバーガー店に臭いがあるとエルは言った。
「ここはかなり濃いですね。来たのは今朝でしょうか。……すぐに途切れてしまっていますが」
「今朝この辺りにいたとなると、そう遠くないところにいる可能性は高いですね。一度駅のほうに行ってみますか」
「はい」
駅は多くの人間が出入りしており、紛れるとなったらうってつけの場所だ。
情報量の多さにエルは若干眉を顰めつつ、
「……かすかに臭いがします。いたのは間違いないでしょうが、現在地の確信は持てません」
ただ、何か違和感のようなものを感じているようだ。
彼女の足がにわかに早くなる。
「もしこんな場所で通り魔を起こされたら――対処はかなり難しい。急がないと」
超能力を衆目に晒すことになるのは、できるだけ避けたい。
加えて、駅は人が流動的だ。
誤魔化しが効かない状況になった時、不利を被ってしまう。
相手は新宿のやり手。
こちらの弱点は熟知しているだろう。
何としてでも斬り合いになる前に発見しなければ。
一人意気込んでいると、
「お? ヒバナ。何やってるんだ」
とタイミング悪く聞き覚えのある声に呼び止められた。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
頭の中でその声を反芻し、ようやく事態の重さを理解する。
最悪だ。冷や汗が額を伝い、動悸が早くなった。
まるで思春期のイタズラがバレたかのような、冷やりとした感覚。
この世で最も味わいたくない感覚が、背筋を伝って全身に広がった。
熊みたいな背格好に、ひょうきんな顔。
シュウヤだ。
間違いない。
(ど、どうしてこんなところに……!?)
相手はこちらの動揺などまったく気にもせず、意気揚々と話しかけてくる。
ヒバナは一旦無視し、素通りしようとすると、
「待て待て待て。無視はよくないぜ」
「……」
肩を掴まれ、無理矢理止められた。
「ってか、なんだよ、スーツなんか洒落込んで。……って、おいおいおい。誰なんだ、その隣の綺麗なお姉さんは!?」
ヒバナは答えない。
「お前こそどうしてここにいるんだ」と尋ねたい気持ちをぐっと抑え、以前読んだマニュアルの内容をゆっくりと思い出していく。
「も、もしかしてヒバナの彼女さんですか!?」
「えっ? あっ、えっ?」
図々しい問いに、困惑するエル。
もちろんだが、捜査官として働いていることを一般人にバラしてはいけない。
構っていられるだけの時間も無かった。
仕方がない、と溜息ひとつ。
ここが縁の切れ目であることを覚悟した。
(……本当にいいのか? 後戻りできないぞ?)
刹那、迷う。
マニュアル通りの対応をすれば、友情に亀裂を入れるのは避けられない。
こんな不慮の事故で失っていいものなのだろうか。
それができるほど薄い関係だったろうか。
表情は変えなかったものの、心中は穏やかでなかった。
高々一年かそこらの関係。月並みな友情なりに色々なことがあったとはいえど、捜査官とバレ、全てを失うリスクを考えれば切り捨てるのも止む無しといったところか。
もう少し上手い言い訳があるようにも思えたが、深く考え込む余裕も無く、結局は最低最悪の言葉を口にした。
「――貴方、誰ですか?」
「は?」
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