File 34: Frustration

 シュウヤはヒバナの冷たすぎる態度に、明らかに動揺していた。

 他人の空似。あくまでもそのスタンスを突き通そうと、ヒバナは心を殺す。


「じょ、冗談よせよ。お前、ヒバナだろ? 最近学校来てないなーって心配してたんだぜ? どうしてそんな……」

「行きましょう、エルさん」

「あっ……」


 ヒバナはしがらみを振り切るように、足早に前を行く。

 エルは突然のことに慌てふためき、呆然とするシュウヤに軽く一礼。

 そして、ヒバナの後を追った。


 充分に離れたところで、エルは尋ねる。


「あの、お友達、ですよね? たぶん。いいんですか?」

「……仕方がありません。最近は随分と疎遠になっていましたし、時期が早まっただけです」

「……」


 エルの表情は浮かないものだった。

 彼女はおそらく、自分の本心に気が付いているのだろう。

 心配をさせていることに申し訳なさを感じる。

 

 捜査官をやっているということを部外者にバラすのは重大な規約違反とされている。

 相手が超能力者とはいえ、人殺しのような真似を知られるのはやはりマズいらしい。

 人権団体みたいなのが出てくるのが嫌なのか、何なのか。

 どうにせよ、やり辛いったらありゃしない。


(クソッ……どうしてこんなことで友達を失わなきゃいけないんだ……)


 ストレスで胃に穴が開きそうになる。

 超能力者というだけで、人生も、友達も、道徳も、ありとあらゆるものを失った。

 対価があるだけマシとはいえ、あまりにも容赦がない。

 どうして変えようのない立場だけでこうも不幸になるのか、世界に対する恨みを募らせる。

 

(違う! 今はあの義兄弟に集中しないと! いつ襲ってくるかも分からないのに――)


 深呼吸して、ぐちゃぐちゃになった思考を整えた。

 まったく、唐突にも程がある。

 一体全体、どうしてこんな普段と離れた駅にシュウヤがいるのか。間が悪いことこの上ない。

 

(カズとモグリはどこにいる!? あいつらは、どこに――)


 イライラし、つい足が早くなる。

 ヒバナがもどかしい思いを溜め込んでいるのは、誰が見ても明らかだった。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「……すみません、つい」


 後方からの声で、ようやく自身の苛立ちに気がつく。

 反省して、速度を緩めた。


「……大丈夫ですか?」

「大丈夫です。問題ありません」

「でも、顔色悪いです。少し休みましょう」

「そんな悠長なことをしている暇ないですよね!?」


 思わず、声を張り上げてしまった。

 いつもなら冷静でいられるはずなのに、今日は何故か腹が立ってしょうがない。

 が、感情的になったのはさすがにまずいと思って、ヒバナは謝罪した。


「……あの、本当に大丈夫なので」

「……」


 自分でも分かっている。

 腰を落ち着け、思考を整理し、息を整える必要があると。

 予想外のハプニングに、ただでさえ疲弊しきっていた精神が限界まで追い込まれた。

 それでも尚動かなければならないのは、超能力者によって不幸になる人間が出ないようにするため。

 私情を捨て、捜査官の責務を全うしなければならない。感傷に浸るのは後回しだ。

 

 逃げるようにして駅の外まで来たが、エルは更に遠くへは行こうとせず、周囲を警戒しながら回り始めた。


「この辺り、とても怪しいです。臭いが散らばっています」


 エルに導かれるまま、先に進んでゆく。

 道路のほうに出て、その散らばり方に疑問を覚えたのか、


「……おかしい。こっちじゃない。でも、たしかに……」


 としきりに呟き、うろついた。

 鉄柵で組まれた排気口の近くに来て、難しい顔をする。


「何か、近いような……」

 

 その時、地下からの風が吹き上がる。

 温い強烈な風に、ヒバナは顔を顰めた。

 一方のエルはパズルのピースが嵌ったかのようにはっとした表情になり、


「地下鉄です! そこに義兄弟がいます!」


 どうやら確信を得たらしかった。

 あまり心の準備はできていなかったが、そんな我がままは言っていられない。

 ヒバナは淡々と無線を入れる。


「カズとモグリの居場所を特定しました」


 すると、即座に返事があり、


『至急、地下鉄構内を封鎖する。2人は今すぐ現場に向かって、時間を稼いでくれ。到着次第応戦する』


 キッカの言葉を聞き終える前に、ヒバナとエルは足を踏み出していた。

 地下鉄の構内を目指し、先を急ぐ。駅まで逆戻りして、大勢の人間が封鎖に慌てふためいているのを視界に収め、少し怯んだ。

 名目は人身事故だったか。戸惑いを隠せない群衆たちに紛れるシュウヤを尻目に、2人は改札の傍を抜ける。

 エスカレーターを駆け下がり、構内に突入すると、そこにはもう既に閑散とした空間が広がっていた。

 人っ子一人いないとはこのこと。緊張感が高まり、生唾を飲み込んだ。

 敵襲に備えて左の半身を怪物の装いにする。

 裂けた口からは吐息が漏れた。

 エルに従い、慎重に、慎重に、前へ。


(これだけ密閉されてると、ヨウカさんの光線は役に立たないかもな)

 

 狭い上に遮蔽物が多い。

 迂闊に乱発すれば、天井を崩してしまう恐れもある。

 今回ばかりは百戦錬磨の光線能力は役に立たない。

 瞬間移動の能力を持つカオルと組んで遅れてるのは、その辺りの関係だろう。

 

 奥まで進むと、途端に空気が変わった気がした。

 殺気に類似した、異様な空気。

 自動販売機の影の上に、ヤンキー座りをする目つきの悪い青年がいるのを認める。


「思ったより早かったな、CPA」

 

カズはヒバナとエルを交互に見つめ、


「しっかし、お前ら無茶苦茶だぜ。駅を封鎖するなんて想定外だ。折角、大勢の客の前で血祭にあげてやろうと思ったのによお」


 殺戮対象の戯言に耳を貸す必要はない。

 カズの首を狙うのにどう向かうのが最適かを瞬時に考える。


 だが、ここでモグリの姿が見えないことに気が付いた。

 どこかに潜んでいるのかと頭を回し、視界に入ってきた影に反射的に反応する。

 

 鉄槌で殴られたような重い衝撃を、腕にまとった硬い鱗で受け止めた。

 危ない所だった。

 あと数秒遅れていれば、上から現れた凶刃にエルが斬りつけられていたはずだ。


「エルさん、下がって!」

 

 モグリの刀と鍔迫り合いながら、エルに避難を促す。

 彼女はこくりと頷いて、階段の傍まで引き下がった。

 それを確認すると、ヒバナは尋常ではない剣幕でモグリに先手を仕掛ける。

 日本刀との攻撃の応酬。左腕一本で斬撃を受け流し、鋭く尖った爪で血管の多い部分を狙った。

 一定の間合いで状況が膠着したところで、敵の強さを改めて実感する。

 今までの超能力者であれば、もうすでに絶命させることができていたはずだ。

 だが、モグリは違う。

 一切無駄のない身のこなし、隙のない間合い、人間離れした身体能力――どちらかと言えば、自分が弄ばれているような、そんな感覚さえ覚える。


 大きな血管さえ断ち切れれば、状況は好転するに違いない。

 幸いなことに、自分には強靭な肉体の他にも再生能力が備わっている。

 少し無理をしたところでリスクを負うのは向こうだけだ。

 そう踏んだヒバナは、刀を弾くと、無理をおしてモグリの懐に突っ込んだ。


「……!」


 だが、モグリもヒバナの思惑を察知し、距離を取る。

 アッパーに近い攻撃は、あえなく空振りに終わった。

 ヒバナはすかさず逃げたモグリを追撃。次々に爪を突き立てていく。


(段々と攻撃が当たらなくなってきている! 見切られているのか!?)


 爪だけでなく、蹴りや拳も折り混ぜて襲い掛かったが、易々といなされるように。

 それがヒバナの焦りに拍車をかけ、余計に体が鈍くなったような気がした。

 モグリは刀の腹でヒバナの腕を受け止めると、


「……お前、迷いがありすぎ」

「うっせえ!」

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