File 6: Secret
二日後、霞ヶ関。
官庁など厳かな建物が立ち並ぶオフィス街。
そこでとある青年が一人、道に迷っていた。
曲がったネクタイ、よれたワイシャツ、そして安物の革靴。おおよそ着慣れていないであろうスーツ姿に身を包み、雑踏を避けながら、ぬるい陽光に目を細める。
「うーん? どこだ、ここ……」
ヒバナは指示された場所に来たものの、しきりに首を傾げていた。
それらしい建物は見当たらない。
当たり前がしれないが、対超能力者機関などという組織はネットで調べても出てこなかった。つまり、手詰まりだ。本当に騙されているのではないかという疑念が頭をよぎり、いつ襲われてもいいよう心の準備をする。
「こっちだ」
唐突に聞き覚えのある声がしたので振り向くと、ごく普通の高層ビルの前にキッカが立っていた。おそるおそる近づきながら、挨拶する。
「あ、おはようございます」
「おはよう。その様子だと覚悟を決めたようだな」
「は、はい。まあ……」
「では、ついてくるといい」
案内されるがまま後をついていく。
摩天楼のようなガラス張りのビルの中に入り、広大なフロントを通過。そして何十人も乗れるようなエレベーターに搭乗すると、キッカは操作板のボタンを1、1、2と押した。
するとエレベーターが真横にスライドし、回転する。
そのまま直下し、やがて止まった。何階ぶん下っただろうか。相当地下深い場所だ。ボタンの押し方はかなり特殊だった。つまり、通常では行けない場所ということになる。にわかに胸が躍った。まるで漫画の中の秘密結社のようだなと思い、大して変わらないと思い至る。
カーン、という甲高い音とともにエレベーターの扉が開くと、そこにはオフィスが広がっていた。スーツや制服を着た人々がせわしなく働いている。どこにでもありそうな光景に少し拍子抜けし、一方で新しい職場ということで緊張はしつつ辺りを見回した。
「ここがCPA……」
「そうだ。ここで全国の超能力者に関わる事件を管轄している。……どうした? まだこっちだ」
「あ、は、はい」
キッカに連れられるがままデスクの脇を歩き、角を曲がる。
そして、付き当たりにある階段を下り始めた。まだ下なのかと少々不安になる。これだけ深い場所だと、簡単には逃げられない。緊張の糸を張り詰めさせながら、足を運んだ。やがて広い空間に出る。無機質な白い壁、唸り声のような音を立てる機械、薬品の匂い。サンプルや実験器具が立ち並んでいるところを見ると、何かの研究室か。
更に歩くと、白衣を着た人間が立っているのが目に入る。その頭にはうさぎの着ぐるみが被さっており、奇妙で不気味な感覚を覚えた。研究者、というよりも拷問者に近いのではという憶測が容易に立つ。だが、意外にも可愛らしい声で、
「おはよう、君がヒバナくんだね。私は白井。研究者だ。
話は聞いているよ。さあ早速中に入って」
とガラス張りの部屋に誘導される。
「あの、ここで何するんですか?」
言われるがまま中に入るも、懐疑心が解けることはない。キッカはどうやら外で待つことになっているようで、入ってこなかった。それがますます不安を煽る。
「身体の測定、危険度の測定、あとは強制生命停止装置の取り付け」
「強制生命停止装置?」
耳慣れない物騒な単語に、思わず肝を冷やす。
「そう。ようは爆弾だ。万が一君が突然変異を起こしそうになった時、いつでも殺せるようにね」
「……」
絶句した。
だが、よく考えれば当たり前の話だ。いつ突然変異を起こすか分からない超能力者を、対策無しに囲うわけがない。しかし、まさか爆弾とは。力技にもほどがあるだろう。
そう思いつつ、安心した部分もあった。このまま何も対策の説明が無ければ、騙されている可能性が高かったからだ。だから、割とすんなりと状況を受け入れることができた。爆弾を身につけるなんてもちろん嫌に決まっているが、仕方がない。それを通してでしか信頼関係を構築できないのは、重々承知するところだった。
それに、本気で拒絶すれば、どうせ無慈悲に殺される。今度は猶予なんて無いだろう。そういう意味では「受け入れるしかなかった」というほうが正しいかもしれない。
「——終わりだよ。おつかれちゃん」
白井に促され、ヒバナは目を開ける。
いつの間にか気を失っていたらしい。耐久値や攻撃速度などを測定した後、麻酔をかけられたところまでしか記憶がない。
自分の胸のあたりを見やると、ルーローの三角形のような、丸みを帯びた三角状のものが埋め込まれているのが分かった。これが強制生命停止装置で間違いないだろう。しきりに点滅しており、そのようなものが肌の内側にあるのが不思議で仕方がなかった。本当に大丈夫なのだろうか。
謎の技術に感心しながら、ヒバナは服を着て、研究室を出る。
キッカに連れられ、来た道を戻り、上階を目指した。ずらりと並んだ扉の一個を開けて、「II課」と書かれた部屋に入るキッカ。中には資料が山積みのデスクと、人が2人ほどいた。
サスペンダーを身につけた白髪の若い男と、少年か少女か区別がつきかねる幼い子ども。二日前に臨界地域で会ったあの2人だ。どうやら喧嘩をしているらしく、
「カオル! ペンとか消しゴムとか俺に飛ばすんじゃねえ!」
「あはは! だって退屈なんだもん!」
「お前はゲームしてるだけじゃねえか!」
激昂する白髪の男。よく見ると、子どもの左手に触れたものが続々と男のパソコンの上に降り注いでいる。仕事の邪魔をされているようだ。
2人はふとこちらの視線に気がつくと、おもむろに固まる。そして、キッカを見やるとかたかたと震え始めた。
「ち、違うんだよキッカ! これはタイキが……」
「はあーー!? 絶対的にお前が悪いだろう!」
がやがやと言い争う2人。見かねたキッカは溜息をつき、冷たく言い放つ。
「とりあえず喧嘩はよせ。そして、黛捜査官。あとで始末書だ。建物内での超能力の使用は禁止されている」
「えー……はい」
不服そうに口を尖らせた子どもは、キッカが怖いのか、すぐに従順な態度を見せた。まだ何か言いたげではあったが、文句を言って逆らったりはしない。
「和泉はいないのか?」
「おるでー。なになに、七海さん」
キッカが問うと、後ろから声がした。あの夜、光線をぶっ放してきたサングラスの女性だ。どうやらタイミングよく帰ってきたらしい。
「全員そろったな。じゃあ、新人の紹介を始める」
キッカの一言で、自分に注目が集まるのが分かった。
背中を押され、一歩前に進み出るヒバナ。自己紹介しようと口を開いた時、
「あ! ゴキブリじゃん!」
「だ、誰がゴキブリじゃーーーー!!」
出鼻を挫かれ、思わず激昂してしまう。子どもは玉を転がすように笑い、嬉しそうだ。わななく腕をおさえ、こほんと咳払いをすると、
「……えーっと。武本ヒバナです。よろしくお願いします」
と簡潔に自己紹介を述べた。それを聞いた超能力者3人は、端から順に答える。
まずは煙草がトレードマークの、若い白髪の男。名前は鮫島タイキというらしい。あの夜、コンテナに「見えない何か」で自分を押さえつけた人だ。
次に耳までかかるショートヘアの、悪戯好きの子ども。名前は黛カオル。瞬間移動の超能力者で、どうやら左手に触れたものを自在に飛ばすことができるようだ。
最後に関西弁のサングラスの女性。名前は和泉ヨウカ。光線の超能力を持っており、かなりのお調子者だ。
一通り自己紹介が終わると、キッカが話を締めにかかる。
「以上が無能力者である私をヘッドとした、第II部隊の面々だ。事件が割り当てられれば出動、そうでなければここで資料作成をする」
「はい。分かりました」
「何か武本捜査官に質問がある人は?」
質問は無く、辺りはしんとする。
もう少し興味を持ってくれてもいいじゃないかと思いつつ、早速自分のデスクであろう場所に座ろうとすると、
「なに座っているんだ。事件はすでに起きている。君はついてこい」
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