File 7: Bluff
ヒバナはキッカの運転する車に乗りながら、事件の概要の説明を受ける。
「空条市で起きている爆発事件は知っているか?」
「ああ、最近テレビで見ました」
「それが超能力者の仕業かもしれないというわけで、私たちに捜査権が回ってきた。今現場に向かっているところだ」
原因不明の爆発事故。おかしな事件だとは思ったが、超能力者の仕業だとは。そういえばあれだけ物騒な事件なのにも関わらず、一日で極端に報道が減った気がする。案外近くに超能力者というのはいたんだな、と実感し、ヒバナはにわかに浮き足立つ。
「ひとつ質問いいですか」
「ああ」
「こういうのって、見つかるんですか? 犯人」
超能力で引き起こされた事件というのは、ほとんどの場合、犯人を見つけようがないような気がした。
「まあ、相手の動き方次第だが……大抵の超能力者は油断してしっぽを出す。我々の存在を知らないからな」
なるほど、と納得する。
たしかに超能力者を取り締まる組織があるとは、つゆにも思わない。実際自分がそうだった。周知されていないメリットはここらにあるのだろう。
「そして、相手はおそらく学校の関係者だ」
「というと?」
「1回目は学校のゴミ袋、2回目はその通学路で爆発があった。もう分かるだろう?」
2回も爆発があったとは知らなかった。
だが、その情報がたしかならば、学生もしくは学校関係者なのは明白だ。
「……分かりやすいですね。気持ち悪いくらいに」
「間違いない。ブラフの可能性もあるが……まだ自分の超能力を確かめている段階ともとれる。どうにか人が犠牲になる前に捕まえるぞ」
そう言うキッカの目は、炎のようなものが煮えたぎっているように見えた。表情はとても冷静なのに、目だけが何か荒々しい。内に一物を抱えているような、並々ならぬ執着を感じた。
一体この人の過去に何があったのだろう。気にはなったが、結局尋ねるには至らなかった。
「公安です。爆発事件に関して、いくつかお聞きしたいのですが……」
平然と嘘を吐くキッカ。自分たちは公安でも何でもないのだが、表向きはそう言うことになっているらしい。ご丁寧に警察手帳もしつらえてある。
こうやってCPAは捜査に溶け込んでいたのかと感心していると、
「何やっている。早くいくぞ」
聴取が終わったのか、キッカは既に先に行っていた。慌てて追いかけるヒバナ。
かれこれ数時間、学校関係者や現場の近隣住民に聞き込みを続けた。だが、有力な手がかりは得られず。
どうやら本当に何もない場所が爆発したようだった。その後は黒焦げで、数日経った今でも相当な火力であったことが窺える。いよいよ手詰まりかと思われたその時、キッカのスマートフォンが鳴った。
「なに? 東北? それ本当にうちと関係あるんだろうな?」
険しい表情でキッカは受け応える。二、三ほど質問をすると携帯機器をポケットにねじこみ、
「くそっ……まずいな」
「どうしたんですか?」
「爆発で怪我人が出た。それもかなり遠くで」
詳しく聞くと、国道を走っていたトラックが急に燃え上がったらしい。幸い死人は出なかったが、やはり相当な被害のようだ。
「ということは、犯人は空条の人間じゃない可能性も……」
「いや、燃えたトラックは数日前、この町に寄っていたらしい」
「じゃあ、あれですね。犯人は自分の能力がどれだけ遠くまで機能するか確かめるために、わざわざ」
「相手が超能力者だとするなら、おそらくそうだろう」
恐ろしいくらいに分かりやすい動機だ。まるでこちらが罠に引っかかるよう、誘導されている怖さがある。
「何も無い場所を爆破する能力……にしては所々不自然ですね」
「ああ。何かと限定されすぎだ。私には一々爆発物を置いているようにしか思えない」
「だけど、それらしいものは見つからない、と」
見えない爆弾。そうとしか形容できないだろう。そんなものからどうやって犯人を特定するのか。
しかし、トラックの爆破によって色々と分かることがある。まず相手は初心者だ。最近超能力に目覚めたのだろう。そして明確な目的意識を持っている。普通の人間ならば、気軽な気持ちで何度も爆発を起こしたりはしないはずだ。
「犯行が大胆になりつつある。調子づくのも時間の問題だ」
「ひとまずこれ以上被害を広げないためにも、何か抑止力が必要ですね」
「だが、こちらの正体を表沙汰にするわけにもいかない。素性を隠したまま、超能力者を駆除する人間がいることを知らせるには——そうだ」
キッカは妙案が浮かんだのか、ぱっと顔を上げる。
ヒバナは何をするつもりなのだろうと、些か訝しんだ。
翌日、1つ目の爆発が起きた高校で集会が行われた。
広い体育館に集められる生徒たち。色々と長い前口上が述べられた後、檀上にキッカがのぼる。
「えー、私は公安の七海キッカと申します。皆さん、空条市で最近原因不明の爆発事故が起こっているのはご存じでしょうか。今日はその事件に関していくつか諸注意をしに来ました」
そう言って、キッカは特に当たり障りのない注意事項を述べる。これは予め決まっていた啓発活動だ。近くで爆発が頻発しています。怪しいものがあったら近づかないようにしましょう。概ねそのようなことを言い、檀を後にするかと思われた。だが、彼女は最後に
「『旅人』にもどうぞご注意をお願いします。では、これで」
と付け加える。
一瞬何のことを話しているのか、ヒバナも理解できなかった。旅人。頭の中をこねくり回すようにして、その単語の真意を探る。すると突然、ばちりとパズルのピースが嵌まったかのような感覚に見舞われた。
自分は知っている。
旅人、まさしくその人物を。
***
「おはよう、江口さん」
「あ、お、おはよう」
登校すると朝一番、阿笠に挨拶をされる。
何度も何度も経験した、何気ない日常。この瞬間が、私にとって世界で最もクソな時間だ。
阿笠は金持ちの彼氏を取り巻きたちに自慢し、高笑いをしている。絡まれる前にその横を通ろうとすると、
「きゃあっ!!?」
不意に足をひっかけられ、つまずいた。
「あ、ごめーん。わざとじゃないの」
取り巻きの井上、宇田とともに笑うニタニタと笑う阿笠。わざとかわざとじゃないかと言ったら、わざとに決まっている。だが、私は苦笑し、やり過ごすことしかできない。諌めたら、このクソ女は「なにそんな怒ってるのー? 頭おかしいんじゃない?」ととぼけるからだ。
また明くる日、隣の席に座る宇田に
「ごめん、江口。シャーペン貸してくれない?」
と嘆願された。正直、貸したくはない。貸したら最後、どうなって返ってくるか、ある程度想像がつく。そうして渋っていると、
「何? 私たち友達よね?」
「あ……うん」
凄まれ、結局貸してしまった。
「ありがとう」
授業が終わり、そう言ってシャーペンを返す宇田。ぱっと見は何も変化はしていない。問題なさそうだ。ほっと肩を撫で下ろし、何気なくカチカチと芯を確認する。
だが、いくら押しても黒い芯が出てくることはなかった。
「ねえ、これ……」
「うーん? どうしたの?」
「あんた、こ、壊したでしょ」
「はあ? そんなわけないでしょ? 濡れ衣やめてよ」
そう言って、軽く突き飛ばされる。
私はよろよろと地面に倒れ込んだ。
宇田の表情は悪意に満ちている。わざとシャーペンを壊したのは明らかだ。だが、絶対そうとも言えず、その場で黙り込むしかなかった。
「大丈夫……?」
「……」
私に話しかけてきたのは尾崎だ。
いつも暗い顔をして、教室の隅にいる。私はこの人が嫌いだった。いつも安全圏からしか物を言わない。始めから助ける気が無いなら、むしろ放っておいてくれたほうが楽なのに。その言動の節々に、同情のような、偽善のような、気持ちの悪い心根を感じずにはいられなかった。
だから、無言で差し伸ばされた手を払い除けた。
「私はあんたとは違う」だなんて、明確な差別意識こそ無かったものの、取り立てて仲良くなる理由も無かった。
そして、シャーペンを壊されたことを誰にも悟られないよう、こっそりケースに仕舞う。惨めではあるが、最近はこういうのも慣れつつあった。
「ひどーい、宇田ちゃん」
井上が宇田に話しかける。その口ぶりは本気で諫める人間のそれではない。私を貶める意図があるのは火を見るより明らかだった。
「いいの、いいの。あいつは人間未満のクズだから」
「きゃはは。同意ー」
こちらが勇気を出して突っ込めば、彼女たちは間違いなく「人間未満のクズ? ああ、それ江口のことじゃないよ。自意識過剰だね」と下卑た笑いを浮かべながら言うだろう。だから、それ以上何かを言うことは時間の無駄でしかない。
教師に訴えようにも、この卑劣な言動は口裏を合わせて無かったことにするので、誰も頼ることができなかった。本当に役立たずだ。
こんなやり取りが何回も、何回も、何回も、何回も、何回も、何回も、何回も、何回も……そう、何回もあった。
信じられないかもしれないが、最初は本当に三人と友達だったのだ。親友とまでは言わないものの、それなりに仲が良く、顔を合わせれば世間話のひとつやふたつ交わすくらいの関係だった。だが、いつからか私だけが隅に追いやられるように。理由は分からない。おそらく、単なる悪意だろう。
いっそのこと殴ってくれたほうがマシだった。そうすれば、誰かに助けを求めることができたかもしれない。だが、現実で行われるのは、陰湿ないじめ未満のいじめ。
いや、どこからがいじめで、どこからがいじめじゃないのか正直分からないが——とにかく、こういうのが始まってからというもの、私の学園生活は色を無くしたみたいに、ひどく殺風景になった。学校では早く時間が過ぎればいいのに、と祈り続ける毎日。つくづく、クソだと思う。
「学校、行きたくない」
さりげなく、母にそう言ったことがある。私としては相当に悩んだ末の発言だったのだが、
「何言ってるの。学校くらい頑張って行きなさい」
と一蹴された。
母は忙しそうにパンを口に押し込むと、そのまま派遣の仕事に向かう。
私の家は貧乏だ。だから、気軽に転校したりすることはできない。一人親である母にこれ以上の心配をかけるのも憚られ、私は薄暗い部屋の隅っこで、世界を恨めしく思うことしかできなかった。
「頭……痛いな……」
ストレスのせいなのか、この頃激しい頭痛が頻発していた。脳の奥がキリキリする。頭痛薬を飲んでも、あまり症状は軽くならない。やはり、このまま学校に通い続けるのはよくないのではないか。体に異常をきたしつつある。だが、どうすれば現状が好転するのか。隕石でも降ってきて、町ごとめちゃくちゃにしてくれないかな、と妄想せずにはいられない。
そんな時だ。
突然、目の前に少女が現れた。
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